「恙なく」の意味
「恙なく」という言葉には難しい漢字が使われていますが、その意味を知らない人も結構います。そこで、正確な意味を解説します。意味をいったん理解すれば、使い方もわかるようになり、実際に使うこともできるようになるでしょう。
病気・災難などがないこと
「恙なく」の「恙」という字は常用漢字ではないので、意味をご存じない人がほとんどでしょう。意味は、「心配ごと」「病気」ということです。したがって、「恙なく」で「心配ごとがない」「病気でない」「災難がない」という意味になります。
つまり、「恙なく進んでいる」で、「順調に進んでいる」「健康に暮らしている」「何の災いもなく過ごしている」という意味になります。ということは、いい意味で使われる言葉だということです。
「恙なく」の「恙」という漢字の意味を知らなくても、実際には「恙ない」「恙なく」という形で使っている人も多いです。それだけ日本語として定着しているので、意味を知らなかった人はこの際覚えてしまいましょう。
「恙なく」の読み方
「恙なく」の意味がわかっても読み方を知らなければ使えません。「恙なく」には難しい漢字が使われているので、読み方も難しそうですが、覚えてしまえばどうということはありませんから、さっそく説明しましょう。
読み方・つつがなく
「恙なく」と書いて、読み方は「つつがなく」です。この読み方なら知っているという人もいるでしょうが、音読みの読み方はご存じないでしょうから、参考のために載せておきます。「恙」と書いて、読み方は「よう」です。ただ、この読み方を日常生活で使うことはないでしょう。
もう一つ「恙」には訓読みの読み方があります。それは「うれい」です。この読み方がそのまま意味になって、「恙」で「憂いごと」「心配ごと」「病気」ということになります。
「恙なく」の語源
「恙なく」の意味や読み方がわかったとしても、いったいどういう語源からきた言葉なのか不思議に思う人がいるかもしれません。そこで、「恙なく」の語源を掘り下げてみます。語源は高校生の時習った歴史の教科書に出ているかもしれません。
病いや厄災を示す言葉
「恙なく」の語源を見る前に、もう一度「恙」の意味を確認しておきましょう。「恙」とは、「病気」「憂い」「厄災」という意味です。この「恙」という漢字を使った動詞形に「恙む」という言い方があり、読み方は「つつむ」となっています。
これは、「病気や不調がある」という意味になります。名詞形にして「恙み」という使い方をする場合もありました。それを否定形にした「恙みなし」は、「恙ない」と同じ意味になります。
「恙」の意味を再確認したのには理由があります。それは語源をさかのぼっても同じような意味で使われていたからです。では、その語源とはいつ頃のことなのか詳しく見てみましょう。
いつから使うようになった?
「恙なく」の語源とされているのが、聖徳太子が小野妹子に持たせた書簡に書かれている文書です。隋の煬帝(ようだい)に宛てたこの書簡の中で、聖徳太子は、日が出るところの天子が日が没するところの天子に尋ねるという形でこのように尋ねています。
「恙なきや」、つまり、この表現で、相手の安否や健康状態を聞いているのです。これが日本における「恙なく」の語源だとされています。しかし、さらにそれよりも古い語源があります。それは紀元前の中国です。
中国の戦国時代と呼ばれる時代の歌謡集に「楚辞(読み方はそじ)」がありますが、これが一番古い「恙なく」の語源だとされています。ここから聖徳太子が表現を借りて使ったのが日本における語源ということになるでしょう。
虫が語源ではない?
ツツガムシ病という病気を起こすツツガムシという虫がいますが、「恙なく」と読み方が似ています。似ているというよりも同じですが、このツツガムシが「恙なく」の語源ではないかと思われていて時代がありました。
その根拠は、『繪本百物語』という古典にあります。その中で、人を刺し殺すツツガムシという虫がいて、それが語源となって、「恙なし」が「障りがない」「災いがない」という意味になったのだとしています。
しかし、ツツガムシ語源説は現在否定されています。その理由は、ツツガムシという虫の存在がわかるずっと前から「恙なく」という表現が使われていたからです。したがって、正し語源は、聖徳太子の書簡や中国の戦国時代の歌謡集にあります。
「恙なく」の類義語
「恙なく」の語源を見ればよりイメージがつかみやすくなったでしょうが、さらにその意味を明確にするためにも類義語を取り上げます。「病気でない」「災いがない」「障りがない」という意味の「恙なく」には、いろいろな類義語があります。
滞りなく
「恙なく」の最初の類義語は「滞りなく」です。「滞り」と書いて、読み方は「とどこおり」です。この意味は、「物事がスムーズに進まず、つかえる」ということです。したがって、「滞りなく式が終了した」で「スムーズに式が終わった」という意味になります。
「滞りなく」と「恙なく」は類義語であるとはいっても、一部使い方に違いがあります。まず、「恙なく」は、よからぬこともあり得るという場面で使う場合が多いです。したがって、おめでたい結婚式や重々しい葬儀の場で使ってはいけないとされています。
一方、「滞りなく」にはそのような制限はついていません。そのために、さまざまな場面で使えます。類義語同士でもこのような使い方の違いがあることを頭に入れておきましょう。
無事に
次の「恙なく」の類義語は「無事に」です。読み方の説明は必要ないでしょうが、「何事もなく」「悪いこともなく」という意味ですから、類義語です。「無事に任務を終えました」という例文はおなじみでしょう。日常生活でもよく使われる言葉です。
「平穏無事」という四字熟語がありますが、これは「何事もなく穏やかだ」という意味です。人間はどんなことであれ、このように平穏無事に終わることを望んでいます。
順調に
「順調に」とは、「物事がすらすらと調子よく進行していく」という意味です。これも読み方はおわかりでしょうが、もちろん「恙なく」の類義語です。「工事は順調に進んでいる」のような使い方がされます。
「順調に」に似た言葉に「順潮に」があります。読み方は全く同じですが、ニュアンスが違います。「順潮に」は、「潮の流れの通りに進む」という意味です。ただし、同じ意味として辞書では説明されているので、これも「恙なく」の類義語と言えるでしょう。
円滑に
「円滑に」と書いて「えんかつに」という読み方になりますが、これは「物事がすらすらと快調に進む」という意味です。「恙なく」が「災いもなくスムーズに事が運ぶ」という意味なので、類義語です。類義語というよりも、ほとんど同義語でしょう。
「交渉が円滑に進んだ」で「恙なく進んだ」と同じ意味になります。「円滑」という言葉を使った四字熟語もあります。「円転滑脱(読み方はえんてんかつだつ)」「円滑洒脱(えんかつしゃだつ)」「円融滑脱(えんゆうかつだつ)」などです。
少し難しそうな四字熟語ですが、意味は「円滑に」と変わりません。したがって、すべて「恙なく」の類義語です。
首尾よく
「首尾よく」は、「うまい具合に」「都合よく」という意味です。「すべて首尾よく進んでよかった」などのような使い方がされます。これも「恙なく」の類義語です。「首尾よく」の「首尾」とは、始めと終わり、始めから終わりまでという意味です。
したがって、正確には「首尾よく」は「最初から最後まで問題もなくスムーズに運んだ」という意味です。また「首尾」という言葉には「顛末」「成り行き」という意味もあります。その意味をから行くと、「首尾よく」で、「成り行きや流れがよかった」ということになるでしょう。
遅滞なく
「遅滞なく」の読み方は「ちたいなく」で、意味は「遅れや滞りなく」ということです。「恙なく」とまったく同じ意味ではありませんが、類義語に含めても差し支えないでしょう。「物事が順調に進んでいる」という意味だからです。
「遅滞なく」という言葉はややフォーマルな感じがしますが、次のような使い方があります。「この郵便物は遅滞なく配達先に届けられた」。やや改まった場面で使われる「恙なく」の類義語です。
何事もなく
「何事もなく済んで安心した」などのような使い方がされる「何事もなく」は、「無事で」「平穏で」という意味です。日常会話でもよく使われる表現ですが、これも「恙なく」の類義語です。「無事に済んだ」ということは「災いや障害もなく」という意味だからです。
ただ、「恙なく」に比べると、「何事もなく」のほうがより一般的な言い方です。「何事もなく帰宅できた」と家族に対してよく言いますが、「恙なく帰宅できた」では大げさすぎます。
予定通りに
「恙なく」とは少し雰囲気が違う言葉かもしれませんが、「予定通りに」も類義語と言えます。「予定通りに」とは、「遅滞なく物事が計画通りに」という意味だからです。順調に推移している様子を表します。
「このプランは予定通りに進行している」という例文を「このプランは恙なく進行している」と言い換えても大きな違いはありません。ただ、普通はあえて「恙なく進行している」という人は少ないでしょう。
お元気に
「恙なくお過ごしでしょうか」という例文がありますが、これは「無事にお過ごしでしょうか」という意味になります。似たような表現に「お元気にお過ごしでしょうか」があります。つまり、この使い方の場合は、「お元気に」も「恙なく」の類義語ということになります。
大過なく
「大過」とは、「ひどい失敗や過ち」という意味なので、「大過なく」で「失敗や過ちもなく」ということです。「災いがなく」「病気もしないで」という「恙なく」とは少しニュアンスが違う点もありますが、「無事に」という意味でも使うので、類義語と見ることができます。
「大過なくここまで頑張ってきました」というと、「大きな失敗や過ちもなく」という意味ですが、「無事に何事もなく」というニュアンスも含まられるので、「恙なく」と似ている部分があります。
変わりなく
「恙なく過ごしている」ということは、「健康で順調にやっている」という意味ですが、つまり身の回りに大きな変化がないという風にも取れます。その意味では、「変わりなく」も「恙なく」の類義語と見てもいいでしょう。
「私たちは変わりなく元気でやっています」という例文の場合、「私たちは恙なくやっています」と同じ意味です。したがって、類義語同士言い換えができます。ただ、「変わりなく」という言葉のほうが平易な印象があります。
「恙なく」の使い方と例文
「恙なく」の意味や類義語を勉強したので、そのイメージも大体つかめたでしょうが、今度は具体的な使い方と例文を見てみましょう。例文を見れば、使い方もわかるでしょうし、実際に使ってみようという気にもなるでしょう。
恙なく進む
「恙なく進む」という表現を使って、例文をいくつか作ってみましょう。「現場では工事が恙なく進んでいます」「スーパーの開店準備は恙なく進んでおります」「今度の会議でのプレゼンの支度は恙なく進んでいます」などのような使い方になります。
どの例文も事態が順調に進み、災いやトラブルなども起きていない様子を表しています。ビジネスシーンではよく使われる例文で、もし使ったことがない人は実際にこのように報告してみるのもおすすめです。
ただし、「恙なく」には災いやトラブルが起きそうで起きなかったというニュアンスがあります。そのニュアンスが気になる人の場合は、目上には使わないほうがよさそうだとしているので、もし差支えがあると感じたら「滞りなく進んでいる」あたりの表現にしたほうがいいでしょう。
つつがなく新年
年賀状の挨拶で「恙なく」という言葉を使う人もいます。その場合の例文も見てみましょう。「昨年は家族ともども大変お世話になりました。幸いなことに恙なく新年を迎えることができました」。
「恙なく新年を迎えることができたのも皆様方のおかげであると思っています。心より感謝申し上げます」「今年は厳冬ということなので、お体を壊さないように恙なく新年をお迎えください」。
どの例文での使い方も、新年が平穏無事に到来することを喜んでいます。平穏無事にと言ってもいいですが、「恙なく」という言葉を使うことで、少し大人っぽい雰囲気が出ます。ぜひお正月の年賀状に使ってみてください。
つつがなくお過ごしください
「恙なく」という言葉と「過ごす」という言葉は相性がいいです。したがって、非常によく使われる表現となります。そこで、「恙なくお過ごしください」という言い方で、いくつか例文を考えてみましょう。
「田中様も健康に気を付けて恙なくお過ごしくださいませ」「今年は天候不順ですが、木村様が恙なく過ごせるように祈っております」などのような使い方ができます。これは平穏無事に何事もなく過ごしてほしいという気持ちが強く表れた表現です。
これらの「恙なく」の使い方は、話し言葉というよりも手紙やメールで用いられることが多くなっています。年賀状でも使える「恙なく」ですが、普段出す手紙やメールにも応用できて、便利な言葉です。
「恙なく」は結婚式やお葬式では使わない
この「恙なく」の注意点についてはすでに触れてありますが、おめでたい結婚式や厳粛な葬儀では使ってはいけないとされています。
「恙なく」の「恙」とは「災い」「病気」「障り」という意味ですが、実際にこの言葉を使う場合、これらのものが起きるかもしれないが、どうやら起きなくてよかったというニュアンスが含まれます。
つまり、結婚式や葬儀でそのような悪いことが起きえると言うこと自体失礼になります。相手も気分を害するかもしれません。そこで、このような場では「恙なく」ではなく「滞りなく」というのが正しいとされています。
ただ、最近は「恙なく式が執り行われました」という司会者が絶対にいないとは言い切れません。実際にそのような場面に出くわした人もいるかもしれませんが、本来はよくないこととされているので、自分がそのような立場になったら使い方に注意したほうがいいでしょう。
恙なく過ごす日々
毎日毎日が無事で順調に進んでいく様子は「恙なく過ごす日々」と言い表すことができます。この表現を使った例文を見てみましょう。「恙なく過ごせる日々に心からから感謝しています」。何事もない日々がただありがたいということなのでしょう。
旅行が終わる時に
旅を終えてほっとした気分になった時に「恙なく」が使えます。その場合の例文は、「7泊8日の海外旅行も恙なく終了しました」です。無事に日本へ帰国できたことを喜ぶ表現で、会社にもこのように報告するといいでしょう。
平穏無事な一生に
「恙なく一生を過ごす」ことができるのが多くの人にとっての望みでしょうが、この表現を使っても例文が作れます。「これまでいろいろなことがあったが、私の一生は恙ないものだった」。これは、人生全般を見ると、順調で健康に過ごせたということです。
恙なく暮らす
「恙なく過ごす」と同じような意味になりますが、「恙なく暮らす」とも言います。例文を挙げてみましょう。「私どもは恙なく暮らしていますので、どうかご心配なく」。この例文は、自分たちが大きな問題もなく幸せに暮らしている様子を相手に伝えるためのものです。
このように「恙なく」という言葉を使って、相手を安心させることもできます。この言葉を聞いた人も大丈夫そうだとほっと息をつくことでしょう。
「恙なく」の英語表現
何かと便利な「恙なく」という日本語ですが、これを英語にしたらどうなるのかを考えてみましょう。「無事に」「順調に」「滞りなく」という意味の「恙なく」にはぴったりの英語表現がいろいろありそうですが、どうでしょうか。
安全に・着実にを意味する表現
「恙なく」を英語に訳そうと思ったら、「安全に」「着実に」という意味の言葉を用いるといいです。どのような言葉かというと、「safely」「steadily」「smoothly」です。前者が「安全に」という意味で、後ろの二つが「着実に」という意味です。
これらの英語を使って、例文を考えてみましょう。「Tom arrived at London safely.」。これは、「トムが無事ロンドンに到着した」ということで、「恙なく着いた」と同じ意味です。次の例文は、「This project is moving steadily (smoothly).」です。
この文章は「このプロジェクトは着実に進んでいる」ということなので、「恙なく進んでいる」ということになります。英語でも日本語でも、物事が順調に進んでいる様子を表し、安心して推移を見守れる状況です。
災難や事件もなくを意味する表現
英語に「incident」という言葉がありますが、これは「事件」という意味です。これを否定形にした「without incident」という言い方は、「災難もなく」「事件もなく」「何事もなく」という意味で、無事に物事が進んでいる様子を表します。したがって、これも「恙なく」の英語訳です。
「without incident」を使った例文を取り上げてみましょう。「Mr. Kohno returned home without incident.」。これは「河野氏が無事に何事もなく帰宅した」という意味です。したがって、「恙なく帰宅した」ということになります。
「without incident」という英語には似たような表現がいくつかあります。「without mishap」「without mishanter」「without mischanter」「without misadventure」などです。使われている単語はそれぞれ違いますが、意味は同じで「恙なく」の英語訳になります。
「恙なく」は病気・災難などがないこと
ここまで、「恙なく」の意味、読み方、類義語、使い方と例文などについて解説しました。「恙なく」とは、「病気や災難などがないこと」という意味で、物事が順調に推移している時に使う表現ですが、非常に便利な言葉なので、ぜひ使ってみてください。