訝しむの意味とは
「訝(いぶか)しむ」とはどのような意味なのでしょうか。話し言葉ではあまり使いませんが、小説類だけでなくビジネス文書などでも書き言葉としては見かけることがあります。「訝しむ」の意味や使い方をマスターして、ビジネスマンとしてのボキャブラリーをワンランクアップしましょう。
「訝しむ」とは基本的に何らかの疑問や疑いを持っている心理状態をさしますが、厳密には「疑わしい」「気がかり・心配」「どうなるか知りたくて心が引かれる」という三つの意味があります。普段はあまり意識しませんが、それぞれの意味を詳しく見てみましょう。
意味①疑わしい
「訝しむ」の最もよく使われる一般的な意味は「疑わしい」です。そのことを完全に疑っているわけではありませんが、「何か怪しい、どうも納得がいかない」と考えている心理状態を表しています。考えている対象が真実かどうか疑いたくなる状態で、ほとんど「信用できない、信じがたい」と考えています。
意味②気がかり・心配
「気がかり・心配」の意味で「訝しむ」が使われることがあります。こちらは、物事がどうなるか成り行きや結果が心配で、どうにも気になって仕方がない心理状態を表します。漠然とした心配事というよりは、気になることの対象が明確で、既に何か具体的な兆(きざ)しが見えているときに使われる表現です。
意味③どうなのか知りたくて心が引かれる
「どうなるか知りたくて心が引かれる」という意味でも「訝しむ」は使われます。この場合は、他の二つの意味とちょっとニュアンスが違って、何かに魅力・興味を感じています。ポジティブなニュアンスがあり、その結果が何処にいき着くのか、これから何が起こるのか、興味津々で心が引かれて仕方がない心理状態を表します。
訝しむの読み方
「訝しむ」は読み方が難しい言葉です。スラスラと読める人はそれほど多くないのではないでしょうか。実は「訝しむ」は「訝(いぶか)る・訝(いぶか)しい」から派生した言葉です。「訝る・訝しい」が先にあった言葉です。
「訝る」は奈良時代以前からあった古い言葉で、古くは「いふかる」と、濁らない読み方でした。「訝る」は現在にも残っている表現ですが、後述するように「訝しむ」とは少しニュアンスの違う言葉です。
いぶかしむ
「訝」の音読みの読み方は「ガ・ゲン」で、訓読みの読み方は「いぶか(る)・いぶか(しい)」です。「訝しむ」は「訝」の訓読みが派生した言葉で、「いぶか(しむ)」と読みます。
日常の会話で使うことはあまりありませんが、書き言葉としては小説類だけでなくビジネス文書などにも出てくることがありますので、その時になってあわてないように、しっかりと読み方をマスターしておきましょう。
訝しむの由来は
「訝しむ」が「訝る」「訝しい」から派生した言葉だということを見ました。では、そもそも「訝」はなぜ「ごんべん」に「牙」なのでしょうか。「牙」の音読みの読み方は「ガ・ゲ」で、訓読みの読み方は「きば」です。意味は「食い違う」「害をなす」「咬(か)む」という物騒なものと、「役所」「人を守るもの」という有益なものがあります。
「訝しむ」は「牙」の字における前者の「食い違う」という意味が由来となって、「疑わしい」「怪しい」という意味で使われるようになりました。
訝しむ・類語
「訝しむ」は類語の多い言葉です。「懐疑(かいぎ)・猜疑(さいぎ)」「勘ぐる」「キナ臭い・胡散(うさん)臭い」「覚束(おぼつか)ない」といった類語があります。どの類語も「訝しむ」よりも馴染みがあるかもしれません。それぞれ微妙なニュアンスの違いがありますので、意味をよく理解して使い分けに気をつけましょう。
①懐疑・猜疑
「懐疑(かいぎ)」も「猜疑(さいぎ)」も「訝しむ」の類語です。どちらも「疑う」という意味を持つことでは同じですが、微妙なニュアンスの違いがあります。混同した使い方がよく見られますので使い分けに注意しましょう。
「懐疑」とは「いつまでも疑いが晴れず決定的な考えを持てないこと」で、どちらかといえばニュートラルな心理状態です。一方の「猜疑」とは「相手を信用する気になれず、自分に悪い影響があるのではないかと疑うこと」で、「妬(ねた)む」意味を伴うネガティブな心理状態を表します。
②勘繰る
「勘ぐる」の読み方は「かんぐる」です。もともとは「かんくる」と濁らない読み方だったようです。「勘ぐる」とはネガティブなニュアンスが強い言葉で、「あれこれと気を回して、相手が何か悪いことを考えているのではないかと、悪い方に考えてしまうこと」の意味です。要は「人を信用できないで、何でも疑ってしまう」心理状態です。
③キナ臭い・胡散臭い
「キナ臭い」と「胡散(うさん)臭い」も「訝しむ」の類語です。どちらも「臭い」が付きますので、匂(にお)いと関係しそうな言葉です。二つの言葉はともに「疑わしい」という意味を持ちますが、微妙なニュアンスの違いがありますので気をつけましょう。
「キナ臭い」の「キナ」は「きぬ(布)」が由来です。「布が焦げているような匂い」から「火薬臭い」すなわち「戦いが始まりそう」の意味になり、やがては「何となく怪しい」と一般化された使い方になりました。
「胡散臭い」の「胡散」の語源には諸説あり確かなものはありませんが、「胡散」は「怪しいさま、不審なさま」を意味します。これに「臭い」が付いて、「何となく怪しい」「インチキ臭い」の意味で使われるようになりました。
④覚束ない
「覚束ない」も「訝しむ」の類語です。読み方は「おぼつかない」です。「覚束ない」は古くから使われてきた言葉で、意味も様々です。徒然草では「不審である・疑わしい」という意味で使われ、平家物語では「心配・気がかり」という意味で使われていました。
珍しいところでは、古典の恋愛シーンでも「覚束ない」が使われ、伊勢物語では「もどかしい・会いたい」という意味で使われています。現代においても「覚束ない」は「不確かでハッキリしない」「不安定で疑わしい」「心許ない・頼りない」などの意味で使われています。
訝を使ったことば
「訝しむ」のもとになっている「訝」を使った言葉を幾つか見てみましょう。「訝」自体が「疑わしい」という意味を持つ漢字ですので、「訝しむ」の類語的な意味合いのものが多く見られます。
「怪訝」は「かいが」とも読みますが、「けげん」という読み方が一般的です。「何となく不思議で、十分に納得できないこと」の意味で使われます。「訝しむ」の類語的な表現ですが、「訝しむ」よりは「漠然と不思議がっている」ニュアンスのある言葉です。
「嗟訝」という言葉があります。読み方は「さが」で、日常的にはまず見かけない難しい言葉です。「訝しむ」と同じく「疑っている」状態を表しますが、「訝しむ」よりは疑う度合いが強く、ほとんど「被害妄想」的なニュアンスがある言葉です。
訝しむと訝るの違いは
「訝しむ」の基本的なことを見てきました。「訝しむ」と似た表現に「訝(いぶか)る」があります。単に送り仮名の違いだけのようですが、実は微妙なニュアンスの違いがあります。文章などで「疑っている」状態を表現する場合、両者の違いを意識しないと、間違ったメッセージを伝えてしまいますので、注意しましょう。
訝るは直接的な表現
「訝しむ」が主体的に第一人称として「疑っている」心理状態を伝えるのではなく、少しオブラートに包んだ遠回しな表現であるのに対して、「訝る」は面と向かって相手に言うことはありませんが、直接的に自分が「疑っている」ことを伝える表現になります。
「私は彼女の行動を訝った。」とすれば、彼女の行動に不信感を抱く直接的な表現になります。一方「私は彼女の行動を訝しんだ」とすれば、「彼女の行動を疑わしく感じた様子だった。」と婉曲的な表現になります。やや高度な使い分けですが伝わるニュアンスは異なりますので、気をつけましょう。
訝しむ・例文
「訝しむ」の類語や「訝る」との違いまで見てきました。多くの類語表現がありました。微妙な使い分けは大丈夫でしょうか。ここからは「訝しむ」に関連する幾つかの表現を例文もまじえて見ていきます。「訝しむ」は書き言葉で使われることが多いですが、様々な表現を使いこなせるようにしっかり学習しましょう。
①訝しむ
「訝しむ」は動詞ですが、一人称で自分のこととして表現する場合に使われることは、まずありません。基本的には第三者的に、遠回しに「疑わしいと思われているらしい」という使い方が一般的です。
「彼を主人公に起用することに関しては訝しむ声が多数だった。」「今となっては、このような結果になったことを訝しむしかない。」
どちらの例文も自分のこととして話してるのではなく、あくまで客観的に「疑わしいという評価があるようだ」と分析している表現になっています。
②訝しんだ
「訝しむ」の過去形は「訝しんだ」です。「訝しんだ」も基本的には「訝しむ」と同様な使い方をします。つまり、一人称で自分を主語として「疑わしかった」と主張する表現には使いません。客観的に「疑わしいという一般的な評価だった」という表現として使われています。
「あの事件ではあるはずのない足跡が庭に残されていて、誰もが密室殺人の可能性を訝しんだ。」「彼らがあそこでなぜあのような行動を取らざるをえなかったのか、訝しんだ人は多かった。」
どちらの例文も過去において「疑わしいと考えた人が一般的だった」と分析的に解説しており、決して「自分が過去においてそのように考えた」とは表現していません。
③訝しんで
「訝しんで」は次にくる言葉とセットで使います。疑わしく思って次に何かの行動を起こした時に使います。また現在進行形や過去進行形で「訝しんでいる」や「訝しんでいた」という使い方もあります。
「彼は彼女の最近の言動を訝しんで、友人にそれとなく探りを入れた。」「彼女のその後の行動から判断して、彼女は君の行動を訝しんでいたとしか思えない。」
最初の例文は彼が彼女に何らかの疑いを感じて、その結果なぜそのような言動になったのか、原因を友人に探りを入れています。一方後ろの例文では過去進行形の形で「訝しんで」が使われています。
訝しむ・英語表現
「訝しむ」には幾つかの英語表現があります。代表的なものは「doubt」「suspect」「mistrust」「surmise」「wonder whether」です。意味的には「疑わしい」という使い方と、「信用できない」という使い方があります。両者の英語表現の違いは微妙で使い分けが難しい部分がありますが、注意して見てみましょう。
①疑わしい
「疑わしい」の意味で「訝しむ」を英語表現する場合は、主に「doubt」と「wonder whether」を使います。「doubt」という英語表現は「ありそうもない」と疑っていて「信用できない」に近いニュアンスがあります。一方「wonder whether」という英語表現は「疑わしい」とニュートラルに疑問を持っている心理状態です。
「I doubt his report.(私はかれのレポートに疑いを持っている。)」「I wonder whether it will rain tonight.(私は今夜雨が降るかどうか疑っている。)」
最初の例文の英語表現は彼のレポートの信憑性をネガティブに疑っていますが、後ろの例文の英語表現の方はニュートラルに天候を疑う文章になります。
②信用できない
「訝しむ」を「信用できない」というニュアンスで英語表現する場合は、「suspect」か「mistrust」を主に使います。どちらもネガティブに疑っています。どちらかといえば「mistrust」の英語表現の方が「信用できない」というニュアンスが明確です。
「I suspect my husband cheating.(私は夫が浮気をしてると疑っています。」「We mistrust politicians.(私たちは政治家を信用しません。)」
前者の例文の英語表現は「疑っています」と訳していますが、ニュアンス的には夫を「信用していない」と考えて構いません。「trust」は「信用する」の意味ですから、頭にそれを否定する「mis」を付けることにより、「mistrust」は「信用できない」という意味が明確になります。
訝しむとは疑わしい・気がかりという意味で使われる
「訝しむ」の意味や類語、英語表現に加えて、例文をまじえて具体的な使い方も見てきました。「訝しむ」にはネガティブに疑いを持っている場合とニュートラルに気になっている場合がありました。「訝しむ」には類語も多くあります。それぞれの使い分けに注意して使いこなせるようになりましょう。