「犬も歩けば棒に当たる」の意味
「犬も歩けば棒に当たる」ということわざはよく耳にします。しかしその割には意味や由来については何となくしか理解できていないことが多いです。また、間違った意味で覚えてしまっていることもあります。ここではそんな「犬も歩けば棒に当たる」ということわざの意味について説明していきます。
良い意味:幸運に出会う
「犬も歩けば棒に当たる」ということわざには「思いがけない幸運に遭う」という良い意味と「思いがけない災難に遭う」という悪い意味があります。ここではまず、良い意味のほうを説明していきます。
「犬も歩けば棒に当たる」ということわざが良い意味での使い方をされるときは、「思わぬ幸運に出会った」という意味で使われます。現在はこちらの意味で使われることがほとんどです。
使い方の例文としては「宝くじを買ったら、一等に当たっていたよ。犬も歩けば棒に当たるだね」のような使い方をします。
悪い意味:災難に遭う
「犬も歩けば棒に当たる」ということわざの悪いほうの意味での使い方をされるときは、「思わぬ災難に遭った」という意味で使われます。
元々はこちらの意味での使い方をされていました。本来、「犬も歩けば棒に当たる」の「棒に当たる」とは、犬が人に棒で殴られるという意味を表していました。
使い方との例文しては、「興味本位でお店の品物を見ていたら、万引き犯と間違えられてしまったよ。犬も歩けば棒に当たるだね」のような使い方をします。
「犬も歩けば棒に当たる」の由来
それでは「犬も歩けば棒に当たる」ということわざの由来は何かということについてここでは説明します。このことわざは江戸時代にはもう存在していました。江戸時代の終わりごろに、作られたとされている江戸いろはかるたの一つ目に選ばれています。犬がすごく身近な存在であったことがわかります。
江戸いろはかるた
前述したように、「犬も歩けば棒に当たる」ということわざは、江戸時代に作られた江戸いろはかるたに由来します。
その当時は、犬がそばに寄ってくると棒で追い払っていたことが、このことわざの由来になりました。江戸時代には狂犬病ワクチンなど存在していなかったため、犬に噛まれたときに、発病を防ぐことが出来ず、噛まれること自体を予防するほかなかったのです。
また、そのころは犬が放し飼いにされていることがほとんどだったので、まとわりついてくることも多く、狂犬病の予防とは別に、まとわりついてくる犬を追い払うために棒で追い払っていたということもあります。
そのため、犬を棒で追い払うことは、日常茶飯事に行われており、人々に身近なことで、江戸いろはかるたの筆頭に選ばれた一因と考えられます。
「犬も歩けば棒に当たる」の間違った意味
「犬も歩けば棒に当たる」ということわざの、前述したような由来をよく知らなかった場合、間違った意味で覚えてしまうことがあります。犬は運動能力が高いので、そのような動物でも棒に当たってしまうことがあるといった具合です。間違った意味で覚えてしまうと、類義語も異なることになりますので、注意しましょう。
犬も歩いていると棒に当たってしまう
最も多い間違った意味の使い方をされるのが、前述したような「犬も歩いていると棒に当たってしまう」という意味の使い方をしてしまうことです。
この意味の使い方をした場合、「猿も木から落ちる」の類義語ということになってしまいますが、「犬も歩けば棒に当たる」は、このことわざの由来で書いたように、江戸時代に犬を棒で追い払ったことから来ています。
ですから、「犬も歩いているうちに棒に当たってしまうことがある」という解釈は全くの間違いです。このような間違った解釈をしてしまうと全く違う意味で使うことになってしまいますので、正しい意味を理解する必要があります。
「犬も歩けば棒に当たる」の間違った意味が広がったわけ
「犬も歩けば棒に当たる」ということわざの「犬のような運動神経のよい動物でも棒に当たってしまうことがある」という間違った意味が広がった背景にあるものについて考えてみます。
現在では、狂犬病のワクチンが存在することや、法律で飼い犬にワクチンの接種が義務付けられていること、犬を放し飼いにするケースがほとんどなくなったことなどから、犬を棒で追い払う光景を目にすることは、ほとんどなくなりました。
このため、「犬も歩けば棒に当たる」ということわざの由来が曖昧になり、読んで字のごとくに、犬が棒に当たること=犬のような運動神経のいい動物でも棒に当たってしまうことがある という解釈が出来てきたものと考えられます。
「猿も木から落ちる」とは違う意味
前述したように、「犬も歩けば棒に当たる」ということわざは、犬を棒で追い払っていたことから由来しています。決して「犬のように運動神経のいい動物でも棒に当たってしまうことがある」という意味ではありません。
一方の「猿も木から落ちる」は「猿のような木登りが得意な動物でも、木から落ちてしまうことがある」という意味です。
つまり、「犬も歩けば棒に当たる」と「猿も木から落ちる」では意味は全く異なります。ですので、この2つのことわざは類義語ではありません。
他の間違った意味で使われるときの類義語
他に「犬も歩けば棒に当たる」ということわざが間違った意味の使い方をされた場合の類義語と間違えやすいことわざを紹介すると、「河童の川流れ」というものがあります。
このことわざも「猿も木から落ちる」と同じく、「河童のように泳ぎの達人でも川の流れに流されてしまうことがある」という意味の使い方をされます。
「犬も歩けば棒に当たる」ということわざの意味が「犬も歩いていると棒に当たってしまうことがある」という意味ではないため、「河童の川流れ」も「猿も木から落ちる」と同じく、類義語ではありません。
「犬も歩けば棒に当たる」の使い方
それでは、この「犬も歩けば棒に当たる」ということわざの正しい使い方を例文とともに説明します。前述したように、このことわざには、励ますときに使う良い意味と、戒めるときに使う悪い意味の2つの異なった意味があるので、それぞれについて、意味と例文を解説していきます。
戒めに使う例文
最初に書いたように、「犬も歩けば棒に当たる」の元々の意味は「犬が歩いているときに棒で追い払われる」という戒めの意味です。
この意味の使い方をする場合の例文を紹介すると、「他人に余計なアドバイスをしたばかりに恨まれてしまったよ。犬も歩けば棒に当たるだね。」という使い方をします。
もう一つ例文を紹介すると、「たまたま、スマートフォンをいじっていたら、盗撮をしていると思われてしまったよ。犬も歩けば棒に当たるだね。」という使い方をします。
励ます時に使う例文
前述したように、現在においては「犬も歩けば棒に当たる」ということわざは「思いがけない幸運に出会う」という意味で使われることがほとんどになっています。
そこで、現在においてよく使われる、励ますときに使う例文を紹介すると、「ダメもとで憧れの会社に履歴書を出してみたら、見事に通過したよ。犬も歩けば棒に当たるだね。」というように使います。
もう一つ、「犬も歩けば棒に当たる」が励ます意味で使われるときの例文を紹介すると、「何百人も応募するから通らないだろうと思ってオーディションに応募したら、通過したよ。犬も歩けば棒に当たるだね。」というように使います。
「犬も歩けば棒に当たる」の類義語
「犬も歩けば棒に当たる」ということわざの類義語はたくさんあります。ここでは、意味の似ている類義語をいくつか紹介していきます。本来の「思いがけない災難に遭う」という意味、現在においてほとんどの場合に使われる「思いがけない幸運に遭う」という意味どちらにもいくつか類義語があります。
中には、現代ではあまりなじみがなくなっているものもありますが、そんな「犬も歩けば棒に当たる」の類義語をいくつか紹介します。
歩く足には泥がつく
このことわざは「犬も歩けば棒に当たる」の本来の意味と同じく、「行動を起こしたために、思いがけない災難に遭ってしまう」という意味で使います。
つまり、泥地を歩けば、当然、その足には泥がつくということで、「犬も歩けば棒に当たる」の元々の意味である戒めのほうの意味の類義語です。
このことわざを使う時の例文としては、「会社の組織改革のために、意見を提出したら、窓際に追いやられてしまった。歩く足には泥がつくだね。」というように使います。
もう一つ例文を紹介すると、「歩く足には泥がつくからといって、何もしないでいても状況はよくならないよ。」というように、行動を促すときに使うこともあります。
触らぬ神に祟りなし
このことわざも「犬も歩けば棒に当たる」の本来の「余計なことをして思いがけない災難に遭う」という意味と同じく、「何もしなければ災いが自分に降りかかることもない」という意味で使われます。
つまり、神様に対しては何も余計なことをしなければ、怒らせることもなく、自分に災いが降りかかってくることもないという意味です。
このことわざを使った例文としては、「あの人には余計なことは言わないほうがいいよ。何しろ触らぬ神に祟りなしだからね。」というように使います。
ちなみに、このことわざに出てくる神とは、神社などのご本尊のことではなく、不本意に亡くなって、この世に不満を抱いている「祟り神」といわれる存在のことです。
藪をつついて蛇を出す
「このことわざも余計なことをすると災いに遭うので、余計な事はしないほうがよい」という「犬も歩けば棒に当たる」の本来のほうの意味で使われます。
つまり、「藪をつつくというしなくてよいことをしてしまったために、蛇がでてきてしまった」という意味です。略して「藪蛇」という言われ方をすることもあります。
このことわざを使った例文としては、「余計なことを言ったために仕事が増えてしまった。とんだ藪をつついて蛇を出すになってしまったよ。」というように使います。
もう一つこのことわざを使った例文を挙げると、「ついにボロを出したね。あなたにとってはとんだ藪をつついて蛇を出すになったね。」というようにも使います。
流れに棹さす
この「流れに棹さす」ということわざは、「犬も歩けば棒に当たる」の良いほうの意味「思いがけない幸運に出会う」という意味の類義語に当たります。
つまり、本来は、「流れに棹を入れて船をうまく操ると流れにのるように物事がうまく運ぶ」という意味で使われることわざです。
このことわざも「犬も歩けば棒に当たる」と同じく間違った意味で解釈されることが多いことわざです。現在では逆に「流れに棹を入れて物事が滞ってしまうこと」という意味だと思ってしまっている人も多いのですが、決してそうではありませんので注意が必要です。
このことわざを使った例文を挙げてみると、「面倒な手続きのはずなのに、係の人のおかげで流れに掉さすようにスムーズに進んだ」というように使います。
思い立ったが吉日
この「思い立ったが吉日」ということわざも、「犬も歩けば棒に当たる」の良い方の「思いがけない幸運に出会う」という意味の類義語になります。
つまり、物事は何でも思い立ったときに始めるのがよいという意味のことわざで、物事をどんどん進めていくことをよしとするときに使います。
このことわざを使う時の例文を挙げてみると、「早く段取りを進めていった方がいいよ。思い立ったが吉日というからね。」という使い方をします。
もう一つ例文を紹介すると、「思い立ったが吉日から、今すぐに準備を始めよう」という使い方をします。
良いほうの意味も江戸時代にはすでにあった?
「犬も歩けば棒に当たる」の本来の意味は前述したように、「思いがけない災難に遭う」ということなのですが、もう一つの良い意味のほうも使われ始めたのはかなり古くからです。江戸時代にはもうこちらの意味でも使われていたと考えられています。
もともとは、犬を棒で追い払っていたいたことから、思いがけない災難に遭うという意味で使われていた「犬も歩けば棒に当たる」ですが、江戸時代になって富くじなどが盛んになってくると、富くじに当たることなどにも使われるようになり、「思いがけない幸運に当たる」という意味で使われるようになったと考えられます。
「犬も歩けば棒に当たる」は良悪2つの意味を持つことわざ
ここまで書いてきたように、「犬も歩けば棒に当たる」ということわざは、良い意味と悪い意味の2つの意味を持つことわざです。
良い意味の場合は、「思いがけない幸運に出会う」という意味であり、励ますときに使われます。反対に、悪い意味の時は「思いがけない災難に遭う」という意味であり、戒めに使われます。「犬のような運動神経の良い動物でも棒に当たってしまうことがある」という意味ではありません。
ことわざを使う時には、由来などをよく調べて正しい意味で使わないと、まるで違う意味で使うことになってしまうので、注意が必要です。