「後ろ倒し」の意味
スケジュールや予定を調整する時に使われる言葉で「後ろ倒し」という言葉があります。政治家や官僚の間で「前倒し」の対義語として使われたことが起源であると言われています。しかし表現が回りくどく、複数の類義語で言い換えが可能なため、未だ一般的に浸透していません。
それゆえ、「後ろ倒し」の相応しい表現方法や正しい知識を養う機会がなかなか少ないのが現状であると言えます。そもそも「前倒し」という言葉も岩波国語辞典によると1973年頃に官庁俗語として使われ始め、長年をかけて世間一般にも広まった言葉だそうです。
「後ろ倒し」も「前倒し」と同様に時間をかけながら、少しずつ浸透していくことが考えられます。この記事では「後ろ倒し」という言葉の意味や正しい使い方を例文や英語表現、適切な言い換え方などを交えて解説していきます。
意味:時期をずらす・先送り
「後ろ倒し」という言葉の意味は、予定や締め切りを先送りしたり、延期したりすることを言います。国語辞典には「予定を繰り上げる」という意味で使われる「前倒し」の対義語として掲載されていることが多いです。
一見会議日程の調整や納期の交渉などビジネスシーンでも使用できそうですが、予定を遅らせたり、後ろにずらしたりことはネガティブなイメージが伴うため「後ろ倒し」の言葉を使う相手や状況に十分配慮が必要となります。
「後ろ倒し」は政治家や官僚の業界用語として使われている言葉です。テレビや新聞などでは他の言葉で置き換えられていることが多いため、一般的には普及するに至っていません。それでは、具体的にどのような言葉に置き換えられているのか、次の項目で説明していきます。
「後ろ倒し」の言い換え
上記の項目で「後ろ倒し」の正しい意味についてお伝えしました。「後ろ倒し」が一般的に広まっていない背景に類義語に言い換えられている現状があります。それでは、具体的にどのような言葉で言い換えられているのでしょうか。代表的に挙げられる言い換えの表現を2つご紹介します。
遅らせます
1つ目の言い換えの表現として「遅らせる」が挙げられます。この言葉はご存じの通り、「遅くする、遅れるようにする」という意味です。「前の試合が長引いた場合、次の試合開始時刻を遅らせます。」といった予定されていたあるいは計画されていたスケジュールより後に行う際に使用します。
延長します
2つ目に「延長する」が挙げられます。この言葉は「モノ・事の長さや期間を延ばす」という意味です。「当デパートは混雑回避のため、年末年始は営業時間を延長します。」のようにスケジュールを後ろにずらすのではなく、予定していた期間や時間よりもさらに長くするときに使われます。
これらの他にも「繰り下げ」、「延期」、「後回し」、「先延ばし」、などの言葉に言い換えることができます。「先方の都合により、納品日が繰り下げとなりました。」「悪天候のため、本日の講演会は延期となりました。」というような表現に使用できます。
同じ意味を持つ言葉であっても、相手や状況により言葉の与える印象は変化します。言葉の持つそれぞれ意味合いやニュアンスを理解することはスムーズなコミュニケーションをするためにも重要であると言えます。
「後ろ倒し」の正しい使い方
「後ろ倒し」の言い換えについてご紹介しましたが、馴染みのないこの言葉の正しい使い方について疑問に思う方もいらっしゃるのではないでしょうか。ここでは、「後ろ倒し」の言葉の成り立ちの詳細と正しい言葉の使い方、メールで使用する際の注意点についてご説明します。
「現代用語の基礎知識 2016年度版」によると「後ろ倒し」という言葉は、2013年頃から大学生の就職開始時期やTPP (環太平洋経済連携協定)などについて政治家や官僚が業界用語として使うようになったのが起源であると言われています。
「後ろ倒し」はあくまで官庁俗語として使われており一般には耳慣れない言葉だったため、マスメディアでは「繰り下げる」「遅らせる」「先送りする」などの言葉に置き換えられて報道されていました。このようにマスメディアの世間への配慮も相まって言葉が浸透されなかったことが伺えます。
予約・締め切りを伸ばす際に使用
聞き馴染みのない言葉である故、正しい言葉ではないとの指摘の声もあるようです。しかし「後ろ倒し」は辞書に掲載されている正しい表現です。「後ろ倒し」は主に予約や締め切りを伸ばす際に使用されます。しかし、予定を先送りすることは決して良い印象を与える事柄ではありません。
ビジネスシーンで使用する場合は、特にお客様相手に「後ろ倒し」を使用することは控えた方が良いでしょう。なぜならば、表現が回りくどい上、他人事であるかのような響きに聞こえてしまう恐れがあるためです。
「後ろ倒し」は未だ馴染みのない言葉であることを念頭に相手や状況を十分考慮して使用することが必要です。また具体的な変更後の日時を伝えることもビジネスマナーの一つと言えます。
ビジネスメールでは使い方に注意
その他にもビジネスメールで使用する際は互いの表情や状況が見えないため、使用には十分注意が必要です。「後ろ倒し」は直接的な「遅延する」ニュアンスをやんわりと表現することができますが、自己都合でスケジュールが先送りになる場合はメールでの使用を控えた方が良いでしょう。
なぜならば謝罪の気持ちが伝わりづらく、相手に不快感を与えてしまう恐れがあるためです。予定の変更や納品期日の調整などのビジネスメールのやり取りは日常的のことですので、状況に合わせて言葉を使い分け、予定変更の理由や変更後の期日をメールの文面に明確に表記することが重要です。
「後ろ倒し」の例文
上記の項目では主にビジネスシーンやビジネスメールでの「後ろ倒し」の正しい使い方や注意点をご説明しました。こちらの項目では具体的な例文をいくつか挙げて「後ろ倒し」の言葉の理解をさらに深めていきます。
「後ろ倒し」の正しい使い方の習得のため、誤った使い方をしている例文も一緒にご紹介します。双方を比較しつつ、ご自身の日常やビジネスシーンでどのように活用できるかをイメージするとより理解が深められます。
納品日が後ろ倒しになった
この例文は納品する予定が先送りになったという意味ですが、このようなシチュエーションで使う際は十分注意が必要です。先ほどもお伝えした通り、自己都合で延期せざるを得ない場合は表現が回りくどく、それゆえ謝罪の気持ちが伝わりにくいからです。
自己都合での納品の遅延を伝える際は、「『後ろ倒し』の言い換え」の項目でお伝えした類語で言い換えた方が誤解を生みません。「先方のスケジュールの都合で、やむを得ず納品日が後ろ倒しになりました。」このような他者の都合で遅延する場合に使用する方が無難であると言えます。
この「後ろ倒し」の誤用例としては「納期に間に合わないので後ろ倒しにしてください。」です。表現が一方的で相手に対して失礼にあたります。日程や納期の変更を依頼する際は「~していただけませんか?」という表現の方が適しています。
雨で運動会の開催日が後ろ倒しになった
この例文は運動会が天候の影響で、延期になったことを表現する例文です。「後ろ倒し」はビジネスシーン以外にイベントや年中行事などの予定変更、延期にも使用することができます。
自己都合の延期の場合は謝罪の気持ちも込める必要のあるビジネスシーンと比較すると、天候や災害など外的要因がある場合に用いた方が表現に違和感がありません。
1点注意なのが、「後ろ倒し」はスケジュールや予定が計画していた日程よりも後に延ばすことであり「中止」になったものに対して使用することはありません。たとえ「後ろ倒し」になったその時は日程が決まっていなくても、後に日程が再設定されるといったニュアンスが含まれます。
優先度の低いタスクを後ろ倒しにする
この例文は優先度の低い業務を先送りにするという意味合いで「後ろ倒し」が使われています。この場合優先度の高い業務を最優先に取り組む背景が考えられるため「前倒し」や「繰り上げ」の言葉とセットで使われることが多い傾向にあります。
業務の優先度やボリュームに合わせたスケジュールを組むことはもちろんのこと、メール・報告時に「後ろ倒し」や「前倒し」などの言葉を的確に使い分けることで、相手の信頼を得て業務に取り組むことができるでしょう。
プロジェクトの開始日を後ろ倒しにする
この例文では、予定していたプロジェクトの日程を先送りにするという意味で「後ろ倒し」が使われています。変更後の日程が決まっている場合は、「プロジェクトの開始日を2日後ろ倒しにする。」といった表現をすることができます。
先ほどもお伝えした通り「後ろ倒し」は予定していた物事を中止する際には使用できない言葉のため、延期になった場合は再度日程を設定し直す必要があります。ここでの「後ろ倒し」の誤用例として「担当を離れたため、プロジェクトが後ろ倒しになった。」です。
「後ろ倒し」は計画や日程が延期したり、先延ばしになったりすることであってスケジュール自体がなくなることに使うことは不適切であると言えます。この例文の場合「担当を離れたため、プロジェクトが白紙になった。」のような表現が適切です。
「後ろ倒し」の英語表現
会社や業種によっては英語での会話やメールをする機会のある方がいらっしゃるのではないでしょうか。英語で「後ろ倒し」もしくはその言い換えに当たる単語は、”push back”、”delay”、”postpone”などがあります。
単語によりニュアンスが異なるため、状況に応じて使い分けることが重要です。こちらの項目では、これらの英語表現について例文を用いて詳しくご説明します。
後ろ倒し
push backは「後ろ倒し」の他「先送りする、延期する」という意味があります。日常的なことからビジネスシーンまで幅広く使用できる英語表現です。
The deadline was pushed back to next Monday. 締め切りは来週の月曜日に後ろ倒しとなりました。The event was pushed back by Typhoon. イベントは台風により後ろ倒しとなりました。
単語の間にスペースを入れずに”pushback”とした場合、「対抗する、反対する」という意味合いの英語表現となるため注意が必要です。この場合の”pushback”はニュース番組や新聞などで見られる英語表現となります。
遅れる・延期する
delayは「遅らせる、延期する」という意味合いで使われる英語表現です。「ぐずぐず延びる」という語感から「先延ばしにする」というニュアンスで用いられます。失敗・過失などにより延期する場合の他、天候や災害などやむを得ず延期する場合にも使用することができます。
We delayed the project for a month. そのプロジェクトを一か月延ばしました。The train was delayed by heavy rain. 列車は大雨のため遅延しました。
postpone は「延期する、先送りする」という意味合いの英語表現として使用されます。ビジネスメールやフォーマルな場面で使われることが多いです。delayは時間的な「遅延」と日程的な「延期」双方を表しているのに対し、postponeは日程的な「延期」のみを表しています。
Due to surgery, I had to postpone that business trip.手術で出張を延期しなければならなくなりました。Shall we postpone the meeting until manager comes back?部長が戻るまで会議を延期しませんか?
「後ろ倒し」は時期をずらす・先送りをすること
これまで「後ろ倒し」の正しい使い方や言い換え、ビジネスメールで使用する上での注意点、英語表現などを紹介してきました。冒頭でもお伝えしましたが「後ろ倒し」は、未だ広く浸透していないものの、辞書に掲載されている正しい言葉です。
新しい言葉であるため使うことに抵抗感があるのはもっともなことですが、自発的に言葉について正しい知識を持ち、語彙力を身に付けることは円滑にコミュニケーション図る上では重要です。語彙豊かにまた状況に合わせた言葉選びができれば信頼関係がより強固なものとなるでしょう。
今後も新語の誕生や、従来から存在する語句の意味や用法の変化など時代の移り変わりとともに言葉も変化していくことが考えられます。世代によっても言葉のとらえ方が異なることもあるため、相手にとってどのような言葉を用いるのが最適か常に配慮する心遣いも大切です。