「ごめんください」の意味
知人の家を訪問した際などに「ごめんください」という言葉を口にしたり耳にしたりしたことのある方がいらっしゃるのではないでしょうか。
「ごめんください」は挨拶の決まり文句の一つですので、多くの方が言葉自体は認識しているものの、本来の意味がどのようなものかを知る機会は案外少ないものです。本来の意味を理解することは知識が身につくだけではなく、日頃交わす言葉の表現が豊かになることにも繋がります。
この記事では「ごめんください」という言葉についての語源や例文、英語表現での言い換えなどを切り口に、美しい言葉遣いについて考える機会になることを目指します。まずはじめに、「ごめんください」という言葉の正しい意味と使われる場面についてご説明します。
意味:どなたかいらっしゃいませんか
「ごめんください」という言葉は一言で言えば「どなたかいらっしゃいませんか」という意味です。辞書には「主に、よその家を訪問した際に挨拶文句として使われる言い方。訪問時の第一声として用いられることが多い」と記載されています。
訪問以外に辞去する際にも使われ、その際は「それでは、お暇致します」という意味合いになります。挨拶の他にも「ごめんください」は許しを請う丁寧な言葉でもあり、この場合は「お気にさわったらどうぞお許しください」という意味合いになります。
この「ごめんください」という言葉は日本固有の「大和言葉」と呼ばれる言葉です。次の項目では「ごめんください」がどのような歴史を辿ってきたのか、その言葉の語源を紐解いていきます。
「ごめんください」の語源
言葉の語源には先人たちがその言葉に込めた意味合いや想いが込められており、語源を知ることは言葉を本質的に理解する上で大切であると言えます。さっそく「ごめんください」の語源についてご説明します。「ごめんください」は漢字にすると「御免下さい」となります。
この「御免」は鎌倉時代に登場した語であると言われています。本来は「お許し」の意味合いが語源であり、許す人を敬う言葉として用いられていました。鎌倉時代前期に執筆された平家物語に「此の由法皇へ伺ひ申して御免ありけり」といった記述があります。
これが室町時代から江戸時代にかけて少しずつ言葉の形や意味合いが変化していきました。室町時代前期に執筆された義経記には「少人の御笛をば御免候へかし」という記述があります。
これは相手に対して許しを求める表現で、当初の語源の意味合いから相手の寛容を望んだり自分の無礼を詫びたりする慣用的な表現に変化していきました。
ごめんは「御免」からきている
鎌倉時代に生まれた「御免」という言葉が、室町時代に入り表現に変化が表れたことは上記でご説明しました。江戸時代以降には「そんなことは二度と御免だ」という自身の不快感や拒絶を示す表現でも用いられるようになりました。
そもそも「御免」の「御」は敬意を表す接続語、「免」は許すという意味で、「御免あれ」や「御免候」という形から「御免くだされ」や「御免させてください」へ転じて、「ごめんください」という言葉が使われるようになったと言われています。
この「ごめんください」が挨拶として使われるようになったのはお宅へ上がらせて頂くことへの許しを請う意味合いが込められているためです。
上記の語源で示されているように「ごめんください」という言葉は表現や意味合いに幅を広げながら現代まで受け継がれてきたことが分かります。
「ごめんください」は方言?
上記の項目で「ごめんください」という言葉が長い歴史を経て成り立った言葉であることが分かりました。ここでは日本各地の様々な「ごめんください」の使い方についてご紹介します。「ごめんください」という言葉は方言ではないかという意見が存在しますが、あくまで標準語です。
一方で地域によって使われるシーンや言葉の形に違いがあることは事実です。例を挙げるとすれば岩手県では「ごめんくなんせ」、栃木県では「ごめんなんしょ」、新潟県では「ごめんなんし」といった方言的な言い回しがされています。
たしかにこれらの言葉だけで見ると日本各地それぞれの方言であるという意見があるのも理解できます。次の項目では使用頻度が特に多い新潟県の「ごめんください」についてご説明します。
方言ではないが新潟ではよく使われる
「ごめんください」がより方言的に使われているのが新潟県であると言われています。標準語としての「ごめんください」は相手の家を訪問の際に使われるのに対し、新潟県では時間帯に関わらず常套的な挨拶言葉として使われています。
つまり、「こんにちは」「初めまして」「さよなら」に代わる言葉として「ごめんください」が使われ、互いに顔を合わせた際や電話越しなど使われるシーンは多岐に渡ります。
ビジネスシーンでも「お世話になっております」と併せて「ごめんください」が使用されており、標準語としての「ごめんください」と比較しても使い方が方言的であると言えます。
上記のように新潟県では「ごめんください」が日常的に愛用され、『「ごめんください」は新潟県の方言である』という意見が出てくる程でした。たとえ言葉の形が同じであっても、使われる地域により方言的な使い方や意味合いが存在することは言葉の趣深さが感じられます。
「ごめんください」の使い方
上記の項目では日本各地の「ごめんください」の方言的な使い方についてご紹介しましたが、ここでは標準語として「ごめんください」の正しい使い方についてご説明します。
すでにご説明した通り、「ごめんください」は訪問先の玄関や入口で「どなたかいらっしゃいませんか」と、訪問先に室内へ上がらせて頂く許しを請う意味合いで使われる言葉です。
それではこの「ごめんください」という言葉に対して返答の言葉はどのようなものがあるでしょうか。訪問してきた相手より「ごめんください」と言われた場合、「いらっしゃいませ」や「どうぞお上がりください」「ようこそおいでくださいました」などの歓迎する言葉が適していると言えます。
余談ですが、「ごめんください」と形の似ている言葉で「ごめんなさい」があります。この類似した2つの言葉がどのように異なるかというと「ごめんください」は挨拶言葉であるのに対し、「ごめんなさい」は自らの失礼や過ちに対してのお詫びの言葉であるということです。
電話の場合
実は「ごめんください」は電話を切る際にも使用することができます。つまり、電話の切り際の「失礼いたします」と同様の意味合いも含まれているということです。電話越しの場合、より丁寧な表現で「ごめんくださいませ」という使い方がされています。
現実的には、近頃電話口で「ごめんください」という言葉を使う人が少なくなってきていることもあり、疑問や違和感を抱く方々がいらっしゃることも事実です。
しかし、もともと「ごめんください」は別れ際の挨拶の言葉としても使われるため、実質的見ればこのような使い方は全く問題がありません。
これらを踏まえ、状況や意志疎通を図る相手に応じて「ごめんください」という言葉を使うことで、大和言葉ならではの柔らかで温かみのある印象を相手に与えることができます。
お店の場合
お店を訪ねる際にも「ごめんください」の言葉を使用することができます。この「ごめんください」の使い方としてはどなたかのお宅へ訪問する時と同じタイミングで、入店時に使うことが一般的です。ただし、大型店舗など人の出入りの多い都市部の店舗では使われないため注意が必要です。
昔ながらの小さな商店など店主と客とのコミュニケーションを大事にしている店舗で使用するのが自然です。現代は「ごめんください」に代わって「すみません」に置き換えられているケースが多く、ますます「ごめんください」という言葉を使用する機会が少なくなっています。
店舗の大型化やレジ等の自動化・セルフ化が進み、商業施設でのコミュニケーションを図る機会がますます減少しているように感じます。このような効率最優先の現代こそ、差し向かいになって言葉を交わすことについて見直すことが必要なのではないでしょうか。
「ごめんください」は敬語より丁寧?
前項では「ごめんください」という言葉の使い方について具体的な使用するシーンを挙げてご紹介しました。ここでは「ごめんください」という言葉が敬語表現として適しているか否かについてお話していきます。
そもそも敬語とは話し相手や話しの主題となる人物に対して敬意を示すために用いられる表現です。「ごめんください」は許しを得る相手に対して敬意を示す言葉が語源であることはすでにご説明しました。よって、「ごめんください」は敬語として使用するに相応しい言葉であると言えます。
中にはビジネスシーンで使用することが不適切であると考える方もいらっしゃるようですが、現代では「ごめんください」という言葉が使われる機会が減少し、聞き馴染みが以前より少なくなってしまったことが要因の一つであると考えられます。
訪問の際の「すみません」の言い換え
それではなぜ、「ごめんください」という言葉が使われる機会が減少してしまったのでしょうか。それは「ごめんください」の言い換えとなる敬語表現が使われていることが影響しています。言い換えとなる敬語表現に「すみません」「失礼いたします」などが挙げられます。
一般的にこれらの敬語表現は相手の家や会社の事業所へ訪問の際に「すみません」、辞去や電話を切る際に「失礼いたします」という言葉が使用されます。
「すみません」は丁寧語で相手に謝罪、感謝、依頼する際に使われる敬語表現です。一方「失礼いたします」は謙譲語で自分が何かをする時に相手に断りを入れる際使われる敬語表現です。
特に「すみません」に関してはビジネスシーンでも日常でもよく使用される言葉ですが、この言葉は敬語表現の中では丁寧度が決して高い言葉とは言えません。それに対し、許しを請う相手に敬意を示す「ごめんください」はより丁寧な言葉であると言えるでしょう。
「ごめんください」の英語表現
「ごめんください」の意味に近い英語表現として、”Excuse me.”が挙げられます。”Excuse”は「人や人の行為・態度を許す」という意味があり、つまり直訳すれば「私をお許しください」という英語表現となります。この英語表現は日常からビジネスシーンまで幅広く使用することができます。
ただし、相手のお宅や会社の事業所を訪問した際の「突然の訪問をお許しください」という意味合いでの表現は英語には実質上存在しません。入室の許可を得るという意味合いの英語表現であれば”May I come in?”「中へ入ってもよろしいでしょうか。」がそれに当たります。
「ちょっとすみません」の意味で表現
“Excuse me”は主に「ちょっとすみません」というニュアンスで使われる英語表現です。相手の注意を引くための呼びかけや席を外す時、謝罪する時など、使用できる場面は多岐に渡ります。
ただし、"Excuse me"は謝罪の英語表現として使用する際はさほど深刻ではない事柄に対して使うため注意が必要です。それではこの"Excuse me"が具体的にどのように使われるか英語の例文を2つご紹介します。
Excuse me. Could I have a minute for your time? すみません。ちょっとお時間宜しいでしょうか? Excuse me. May I ask you something? すみません。ちょっとお伺いしても良いですか?
「ごめんください」と同じ意味や、ニュアンスが含まれた英語表現が存在しないということからも「ごめんください」という言葉がいかに日本独自の表現であるかをご理解いただけるのではないでしょうか。
「ごめんください」は訪ねた際の確認で使われる
これまで「ごめんください」という言葉の語源や方言、敬語、英語表現などをお伝えしてきました。様々な視点で見ると「ごめんください」は非常に奥が深い言葉であることが分かりました。
言葉の真意を理解した上で使用するため、自信をもって会話に取り入れることができ、言葉にも愛着が湧きます。また大和言葉ならではの美しさや柔らかさを取り入れることで意思疎通そのものも楽しめるのではないでしょうか。
「ごめんください」に限らず、言葉とはその土地の文化や歴史と密接に関わっているものです。特に母国語以外でコミュニケーションを図る際、単に直訳した言葉では相手に真意が伝わらない恐れがあります。言葉の背景にある文化や価値観を理解することが非常に大切です。
会話やメールにおいて、簡潔さや効率の良さを求めることの多いこの現代こそ、言葉の持つ豊かさや奥深さに注目してみてはいかがでしょうか。