「韜晦」の語に隠された意味や語源とは
まず「韜晦」の字を見てすぐに読める方も少ないのではないでしょうか。この字は「とうかい」と読みます。韜晦とは、表面上わからない「本心」や、「優れた才能」を隠している様子を表します。
また、なんらかの事情で、身分を隠して世間から身を隠している状態や、謙虚に立ち振る舞う様子を表すのに使われています。それらの意味から、本心を隠し、のらりくらりとした様子や、その人物に対し「韜晦」の語を用います。
あまり馴染みのない「韜晦」は、どのような時に使うのか、その語源から解説し、類語や対義語、そして正確な意味を理解して、正しく使いこなせるように「韜晦」について例文を交えながら細かく紐解いていきます。是非参考にしてください。
韜晦の意味とは
韜晦の主な意味は「隠す」ですが、「何」を「どう」隠すのかによって用途や意味も変わってきます。どのような状況で、どの意味合いで使うのか、それぞれのシチュエーションを交え解説します。また、一見その状況に見えても、全く違うこともあるので、使わない場合も併せて例文を挙げ説明していきます。
①姿を消す
何処かへ消えてしまうさまや、その考えを韜晦といいます。その場から立ち去りたいといったニュアンスが近いでしょう。ちょっと居なくなったくらいは使用せず、所在不明の状態にある場合に韜晦を使うことが多く、行方不明や逃避などが近い意味になります。用例としては「この場から韜晦したくなった」などのように使います。
②身を隠す
隠れる事、または潜むことも韜晦の語を当てます。どこかに逃げ去る①とは逆に「その場に居る、留まっている」とも見えますが、「存在を消す」行為と考えると、「その場に居ない」ようなものなので、同じ意味合いと取れなくもありません。ただ、物陰に隠れる程度ではあまり使用しません。例文を挙げると「人目を避け山中に韜晦する」のようになります。
③内面や外面を包み隠す
韜晦趣味を持っていて、自分のことを表沙汰にしない、或いは身分や立場を公にしないこともまた韜晦とされます。「秘密主義」にも似たもので、その場に居て、目立っていても、本質や本心は見せない場合も韜晦であるということになります。「あの人は韜晦気味だから油断ならない」などのような用法をします。
韜晦の語源とは
韜晦の語源は、古代中国の兵法書にある「六韜三晦(りくとうさんりゃく)」からきています。意味は「目くらまし・伏兵の計略」の意味合いで使われます。語源が兵法由来ということを踏まえると「身を潜める」「伏する」「忍ばせる」ことや、自身の正体や身分を「秘し隠す」などの意味を強く感じます。
弓を入れる袋
韜晦の「韜」の字の語源は、「臼の中から物を取り出す形」から生まれたとされ、「覆うように中にしまい込んで隠す」の意味を持ちます。訓読みにすると「かくす、つつむ」の他に「ゆごて」があり、弓を射るとき左腕につける皮の籠手を指します。また弓や剣を収める袋のことも指し「収める」「隠す」「包み込む」という意味になります。
月の出ない夜
韜晦の「晦」の字は、大晦日で見たことがあると思いますが、この「晦日」は、陰暦では月が出ないため暗いところから、月の最後の日を示し「月のない夜」を指す言葉になりました。そこから「暗い」「くらます」などの意味に転じ、さらに「(暗いから)よくわからない」となり、暗くてわからないから「人に知られない」という意味になります。
韜晦趣味や韜晦気味の意味
韜晦の由来や語源、そして「隠す」「消え去る」など意味があることを紹介してきましたが、韜晦を使った言葉に「韜晦趣味」や「韜晦気味」があります。何れも人の態度や、気質を示す語句なのですが、どのような人の事を指すのか解説していき、その用法も併せて紹介します。
自分の情報を隠してしまう人
元々韜晦は、使われている2文字とも「隠す」や「隠れる」などの意味を語源に持ちます。そこから隠れたり、隠したりする人のことを「韜晦する」などといいます。そしてそのように物事をはぐらかしたりする人のことを「韜晦趣味がある」と言ったり、そのような話し方を「韜晦気味に話す」などと言います。
韜晦趣味
「韜晦趣味」とは、辞書によると、自分の本心や才能・地位などを つつみ隠すこと、とあります。つまり、自分についての情報を隠す癖を持つ人や、その気質を表す言葉です。謙遜にも似ますが、どちらかといえば韜晦趣味は「うやむやにしたがる」イメージです。また、特に自身の長所を隠す方向で行動する様子を「韜晦に走る」と表現する場合があります。
韜晦気味
「気味」の意味としては、「それっぽくする」であるように、韜晦気味は「韜晦するかのように」振舞うことを指します。例えば「社長」であることを伏せるのではなく、「それなりに上」のように誤魔化して話すなど、韜晦よりも情報を出しているかもしれませんが核心には触れず、当たり障りのないことを述べたりする場合「韜晦気味に話す」などと言います。
その他の韜晦の付く言葉
「韜晦趣味」「韜晦気味」の他にも韜晦を使った言葉があります。それらもやはり「居なくなる」や「姿を隠す」という意味合いよりも、周囲に対し「実態を隠す」や「わからにようにする」のような意図を持ったものが多いのが特徴です。下記の言葉を知ることで、より韜晦の使い方の特徴が見えてきます。
自己韜晦
韜晦趣味を持つ人の行為で、節操を知り、率先して前に出ず、謙虚に振舞い、力をひけらかさない様を「自己韜晦」と言います。自身の本心や学識、地位などを隠して知られないようにすることを表し「日本人の持つ謙虚な姿を如実に表現した言葉」とも言われますが、転じて韜晦気味な態度を揶揄する言葉としても使用されることもあります。
韜晦文字
韜晦文字とは、筆跡の癖から個人の特定がし難くなるように、別の人が書いたものに見せようと、いつも自分の書く文字とは違う風に字を書くことや、その書かれた文字のことです。しかし、よほど巧くなければ筆跡鑑定では判明してしまうと言われます。筆跡で自分の正体や、行動がバレないようにする「韜晦気味」な行動です。
韜晦する微笑み
韜晦趣味な人は多くを語らず、表情で対応する人もいます。その中で、自分が持つ本心を隠すような笑いを「韜晦する微笑み」と表します。所謂「笑って誤魔化す」といったところでしょう。含みを持った意味ありげな笑顔で、暗に「これ以上詮索してくれるな」と伝えるときにこのような態度を見せます。
韜晦の類語一覧
一般語としてはあまり使用頻度の高くない韜晦ですが、似たような言葉があり、日常会話ではそちらを用いて話すことが多いです。韜晦と同じような意味で使われる類語を紹介します。しかし、それぞれに重なる部分もあれば、差異もあるので用途によっては意図することが伝わらない可能性もあるので留意してください。
①能ある鷹は爪を隠す
能ある鷹は爪を隠すは「普段は実力を見せないが、いざとなったら力を発揮する人のこと」を指し、褒め言葉の部類に入ります。四字熟語の「韜光晦迹(とうこうかいせき)」や「被褐懐玉(ひかつかいきょく)」も同様の意味です。「才能(良い物)を隠す」ですが、韜晦のように物理的に居なくなるような要素は含まれていないところに差異があります。
②蒸発
蒸発は、液体が気化して「消えてなくなる」現象ですが、その様から、転じて「人がいつの間にかその場からいなくなること」をそのように表現します。韜晦は物理的にその場から消えるだけではなく、その場にいても「正体を明かさない」側面も持ち併せる違いがあります。類語として「失踪」「失跡」他にも「出奔(しゅっぽん)」などが挙げられます。
③雲隠れ
元々は「雲によって月などが隠される様子」を指す言葉ですが、転じて「姿をくらます」の意で使われることが多いです。高貴な方が亡くなった際の忌言葉として用いられることがあるという点が韜晦とは異なります。「どこかにいなくなる」というよりも「どこかにひっそりと居る」意味合いが近く、「潜伏」や「隠蔽」「隠匿」なども類語といえます。
④誤魔化す
自身を出さず「お茶を濁す」ように話したり、行動することも韜晦の特徴です。自身があっても無いふりをしたり、知っていても素知らぬふりをする場合は「誤魔化す」行為と言えます。「嘘はつかないが真実も言わない」状態です。他の類語としては「はぐらかす」などもあります。
⑤秘匿
「見られる、または発見されるのを防ぐこと」や「何かを秘密にし続け、隠して他人に見せないこと」などの意味を持ち、自身の本心を見せない部分が共通する類語です。同義語に「極秘」「遮蔽」「内緒」などがあり「姿をくらます」などの意味ではないので、その辺りは韜晦と一致しませんが「隠す」ということは同様のものになります。
⑥謙遜
近い意味の言葉に「謙虚」「遠慮」などもあります。「控え目な態度をとる」という意味で、他の類語に比べ「隠す」や「消える」とは少し趣が異なりますが、実力を必要以上に見せないことは通ずる面もあります。「周囲に配慮して韜晦する」様は“イコール”であると言えるでしょう。ただ実力を見せないだけではなく、思慮深さも加味された使い方です。
韜晦の対義語
韜晦の類語を確認することでイメージとしての「韜晦」を捉えてきました。今度は逆のアプローチとして韜晦の対義語を取り上げていきます。しかし、一つの言葉が全てにおいて逆的な言葉にはなり得ないので注意が必要です。どの語が韜晦のどの部分に対応するのかも表記するので参考にしてください。
①横柄
「横柄」または、「横柄な態度」は「偉そうにする」「威張る」などの行為に対し使う言葉です。その点で「謙虚」「謙遜」の意を持つ韜晦とは真逆の意味となります。「見せる」「誇示する」などの意味ではないので、そのような場合には適しません。類語としては「尊大」などもあります。
②打ち明ける
韜晦は「包み隠す」「内緒にする」といった意味合いがありますが、それの反対語としては、何もかもを「打ち明ける」ことが挙げられます。また、隠していた正体(実態)を明かすので「公開」や「開示」なども同様に対義語といえるでしょう。自分を出さず話そうとしない面を考慮すると「告白」や「暴露」も反対の意味を持ちます。
③衒学
「衒学(げんがく)」「衒学的」は「自慢」や「ひけらかす」といった意味合いになります。韜晦は「実際より過少に」見せることをいうので、まったく一致しません。韜晦は率先して意見を言うことは少ないですが、衒学な人はうんちくを垂れたがるとされます。他にも事実を“盛って”表現する「誇大」や「虚栄」「見栄を張る」と言い換えることができます。
④騁才
騁才は「ていさい」と読み、自分の才能・地位などを発揮することをいいます。悪くすると「自己顕示欲」「自己主張」「注目を浴びたい」などの思考を指し、人目を避ける韜晦とは相容れません。注目される気はなくとも、隠すつもりがさらさらない「開けっ広げ」なども対義語といえるかもしれません。
⑤姿を現す
他にも「顔を見せる」や「出現」などでも良いでしょう。これは何処かへ「雲隠れ」したひとが、ひょっこり戻ってきたときなどに使います。また、実際の「姿」は見えていても、その本質を隠す場合もあるので、「正体を明かす」ことも類語といえます。「居場所がわからない」ことの反対の言葉で「目立つ」もあります。
⑥出しゃばる
謙虚な姿勢をとったり、ひっそりと過ごすイメージの真逆といえる態度です。できない事をできると言ったり、知識がなくとも知ったかぶったりする状態です。ある意味で「自信過剰」や「自己顕示」も類語と言え、ある意味では「できない自分を隠している」のかもしれませんが、とても韜晦とは言えません。
韜晦をつかった例文
ここまで韜晦の語源から意味や類語、対義語を紹介してきましたが、韜晦のイメージがある程度つかめてきたのではないでしょうか。意味は分かっても、使い方はなかなかに難しいです。そこで下記に例文を挙げつつ、どのように使用するのか、類語への言い換えと共に紹介します。
①自分の姿を隠す
例文は「芸術家のように山中に韜晦する生活」となり、人目を忍んでどこかに隠れている様子を示したいときの使い方です。別の言葉にするなら「引きこもって」を言い換えたとおもえばわかりやすいでしょう。また人知れず所在不明の状態である「雲隠れ」的な意味にもとれます。この場合では素性や正体を隠すなどの意味は薄くなります。
②才能や特技を隠す
「あの人は韜晦気味で底が知れない」のような使い方をし、自分のことや、本心を語らないため、自分を出さない相手に対し、実情がわからないときの使い方です。「秘密主義」を類語に持ち、ともすれば悪口となりかねません。「あの人は韜晦だ」ではトゲがあるので「韜晦しているけどすごい」のようなニュアンスを付け加えるのをおすすめします。
③自分の身分を隠す
「町奉行が韜晦して遊び人を装う」の様な例文になり、このように身分を隠し行動するキャラクターに「遠山の金さん」があります。謙遜ではなく「できないふり」「知らないふり」を装うようなときにも使用します。「身をやつす」などが類語といえ、自身に対してはあまり使わない傾向にあります。
④遠慮する
例文を挙げると「韜晦ばかりしていては出世できない」などと使います。この例文では「居なくなってばかり」だと意味が通じないので「遠慮ばかりしてないで本気出せ」という内容になり謙遜の使用例です。この場合も自分では「韜晦している」とはならず、どちらかといえば人から言われる言葉です。
⑤逃げ出す
「この場から韜晦することを考えた」の例文だと「潜む」や「わからないようにする」よりも「その場から立ち去りたい」との意味合いになり、類語で示すなら「逃避・逃走」になります。誤魔化すにも取れる使い方ですが、身体は逃げなくとも回避の行動は同じようなものであると言えます。
韜晦の意味や使い方を参考に正しく使おう!
韜晦の意味や語源、そして使い方を紹介してきました。まとめると、語源は「兵法に由来する言葉」で、意味は「実力を隠す、姿を消す、謙遜する」などです。用法としては「能ある鷹は爪を隠す」のように使ったり「秘密主義」や「雲隠れ」が類語と言えます。
思慮深く、自分を晒さずにいるのは良い事ですが、韜晦趣味に走らず、人を煙に巻いてばかりいては良くは思われません。また、言葉を使うときは用法を誤ると誤解を与えかねません。
他人に使うときには「あなたは韜晦だ」と言えば悪くとられる可能性があるので注意しましょう。意味や語源を知ることで、より深く韜晦を理解し、それとなく使って韜晦することなく、活用していきましょう。