「僭越」の意味とは?
「僭越(せんえつ)」という言葉は「僭越ながら」などと宴席の挨拶や公の場でのスピーチ、ビジネスでは上司や目上の人との会話などでよく使われます。
「僭越」の「僭(せん)」という漢字は「身分不相応におごる」という意味があります。「越」は「物事の範囲や程度を越える」という意味ですから、その2つの漢字を組み合わせた「僭越」は「自分の身分や地位をこえた出過ぎた行為」という意味になります。
「僭越ながら」の意味
「僭越」という言葉は、スピーチでは単独で使用される場合は少なく「僭越ながら」という表現で使われるのが一般的です。
「僭越ながら」は「身の程をわきまえずに失礼ですが」「失礼を承知の上で、出過ぎたことをいたしますが」という意味で、「自分の身分や地位が下なのは承知の上で、これからそれを越えた行為をしますが」のように前置きの意味合いを持っている言葉です。
宴席では「ご指名でございますので、僭越ながら乾杯の音頭をとらさせていただきます」のような使い方をします。つまり「僭越ながら」には「他の人を差し置いて」という意味があります。
またビジネスの会議では、上司から意見を求められることがあります。その場合は「僭越ながら申し上げます」のような使い方をします。つまりビジネスでは目上の人に対して「失礼ながら、恐縮ですがお許しください」という意味で「僭越ながら」を使います。
「僭越ながら」の由来
「僭越ながら」の意味は、前述の「僭越」という漢字の「自分の身分や地位をこえた出過ぎた行為」という意味に由来しています。
結婚式や公式な会合などでは、自分よりも地位や立場の上の人が大勢います。そんな中でスピーチや挨拶をする場合に「自分にとっては出過ぎた行為ですが」と自分を謙遜(けんそん)して相手に失礼がないように前置きの意味の使い方をします。
しかし同僚や仲間同士の忘年会や新年会では「僭越ながら」は使いません。それは「僭越ながら」の意味の由来が「自分の身分や地位をこえた行為」にあるので、仲間同士の場合は地位が同等だからです。
「僭越ながら」の類義語
類義語とは似たような意味で同じような使い方をする言葉のことで類語、同義語とも呼びます。「僭越ながら」と同じような使い方をする類義語にはたくさんの表現があります。
例えば「恐縮ながら」「失礼ですが」「微力ながら」「勝手ながら」「生意気ですが」「及ばずながら」「不躾(ぶしつけ)ですが」「厚かましいながら」「憚(はばか)りながら」のように数え上げれば切りがありません。
類義語なので、それぞれ同じような使い方をするのですが「僭越ながら」とは微妙に意味が違います。数ある類義語の中から主なものをいくつか選んで、その意味と使い方や違いを紹介します。
「恐縮ながら」の意味
類義語の「恐縮(きょうしゅく)ながら」の「恐縮」は、恐ろしいという字に縮む(ちぢむ)という字を組み合わせた熟語で「恐ろしく身が縮む思い」という意味です。
「恐縮ながら申し上げますが」は「恐れながら身が縮む思いで申し上げますが」という意味になり「僭越ながら」と似た使い方をするので類義語になります。
また「恐縮」には「身が縮む思い」という意味のほかに「相手の厚意に大変感謝する」という意味があります。「先日のあなた様のご厚意に恐縮しております」の例文のような使い方をします。
ビジネスメールなどでは「恐縮ではございますが、来週までにご回答頂ければ幸いです」の例文のように「お手数をおかけしますが」という意味合いで使います。この辺が「僭越ながら」と意味や使い方が微妙に違う点です。
「及ばずながら」の意味
「及ばずながら」という類義語は「及ばずながらお手伝いいたします」のような使い方をよくします。「自分は微力ですが何らかの手助けになれば」という謙遜の感情を含む類義語です。
またビジネスで上司に仕事を依頼された時などに「及ばずながらやらせていただきます」のような使い方をします。つまり、自分には力が足りないかもしれませんが、一生懸命努力しますという意味です。
「僭越ながら」との違いは、「僭越ながら」は自分の地位や立場が低いにもかかわらず、という意味ですが、「及ばずながら」は、自分の力やスキルが足りないのですが、と謙遜の意味が強いところに微妙な違いがあります。
「微力ながら」の意味
「微力ながら」は「及ばずながら」と意味がよく似た類義語です。「微力ながらご協力させていただきます」などはビジネスでよく使う言葉で「わずかな力ではありますが、精一杯協力やお手伝いをいたします」という意味です。
相手に対して協力する場合に「協力します」では少々やってあげる感が強くなります。「微力ですが」とへりくだることで相手に不快感を与えずに意思を表現することができる言葉です。
「僭越ながら」との違いは「僭越ながら申し上げます」とは言いますが「微力ながら申し上げます」という使い方はしません。
つまり「微力ながら」は「及ばずながら」と同じように自分の力不足にもかかわらず、という意味合いで使う表現なので、「僭越ながら」の立場もわきまえずにというニュアンスとは微妙に違いがあります。
「憚りながら」の意味
「憚りながら」は「はばかりながら」と読みます。「憚かる」には「遠慮する、ためらう、さし控える」という意味があります。
したがって「憚りながら申し上げます」は「遠慮しながら申し上げます」という意味になり「僭越ながら」と非常に似通った使い方をする類義語です。
「憚りながら意見を申し上げますが」「憚りながら専門家として意見を述べさせていただきます」の例文のように、遠慮しながらと言いながら、自分を誇示・主張するというニュアンスが含まれています。
つまり「憚りながら」には、自分を謙遜して遠慮してはいてもプライドは捨てていないという意味があるところが「僭越ながら」とは微妙に違います。
また「憎まれっ子世にはばかる」など「幅をきかせる、威張る」という意味の使い方をすることがありますが、これは「憚かる(はばかる)」の「はば」を「幅」と誤活用した表現なので間違えないように注意しましょう。
「勝手ながら」の意味
「勝手ながら」も自分をへりくだって謙遜する「僭越ながら」の類義語です。「勝手」には「自分勝手」「自分の都合で行動する」「相手の承諾を得る前に進める」という意味があるので「僭越ながら」とは少しニュアンスが違うように感じられます。
しかし「僭越ながら」には「他を差し置いて申し訳ありません」というニュアンスがあります。この部分が「勝手」の「相手の承諾を得る前に進める」という意味と似ているので類義語になるのです。
例文で検証するとよくわかります。ビジネスシーンでは「勝手ながら申し上げますが、今回のプロジェクトは売上の向上を図る企画を制作することが主眼です」などのように使います。
この例文の「勝手ながら」の部分を「僭越ながら」に置き換えてみてください。全く意味が変わらず違和感がありません。
つまり「勝手ながら」は使い方によって「僭越ながら」と同じ「出過ぎた行為ではありますが」という意味を持つので類義語に数えることができます。
また「勝手」を単独で使うと「使い勝手が良い」「勝手がわからない」「勝手が違う」「勝手仕事」「勝手口」などがあり、「台所」や「使い具合」のように意味が全く変わってきます。
つまり「勝手」に「ながら」が付く場合は「僭越ながら」と同じような使い方ができる類義語になりますが、「ながら」が付かない場合は全く意味が変化する不思議な言葉です。
「不躾ですが」の意味
「不躾(ぶしつけ)ですが」の「躾(しつけ)」は「子供のしつけ」「ペットのしつけ」などと言うように「礼儀作法」という意味です。
それを「不」で否定しているので「不躾ですが」は「礼儀作法をわきまえないで」という意味になり「僭越ながら」と似たニュアンスがあるので類義語になります。
例文では「不躾ですが一言いわせていただきます」「不躾ではございますが、本年度の事業計画を説明させていただきます」「不躾ですが、お配りした資料の予算書を最初に見てください」のように使います。
「僭越ながら」と違う点は、例文でもお分かりのように「不躾ですが」は「作法をわきまえずに」という意味のほかに「唐突(とうとつ)ですが」というニュアンスを含んでいるところです。
このように類義語は「僭越ながら」と似てはいますが、意味や使い方に微妙な違いがあります。この意味の違いや使い方はビジネスでも役に立つのでしっかりおさえておきましょう。
「僭越ながら」と「失礼ですが」の違い
「失礼ですが」という表現はビジネスではよく使う言葉です。どんな場合でも「失礼ですが」と前置きをすると次に伝えたいことがスムーズに出てくる便利な言い回しです。
使う場面や使い方によって「僭越ながら」の言い換え表現にもなる類義語です。ではどこに「僭越ながら」と違いがあるのでしょう。
「失礼ですが」は、ビジネスで目上の人や取引先などに対して意見や用件を述べたいとき、質問をしたいときなどに「恐れ入りますが」という意味合いでよく使用します。
例えば「課長のご意見は理解できます、しかしクライアントの要望を考えると、失礼ですが別の方法があるのではないでしょうか」のように反論する場合に使います。
また「失礼ですが、本日の来訪のご用件はなんでしょう?教えていただいてもよろしいでしょうか」のように相手に質問する場合でも使います。
この例文の「失礼ですが」を「僭越ながら」に置き換えても意味は同じに伝わります。ただ違うのは「僭越ながら」の方が相手に対して少し丁寧な表現になります。
「失礼ですが」の場合は少し丁寧さに欠けます。つまり意味や使い方にはほとんど違いはありませんが、丁寧さの度合に「僭越ながら」と「失礼ですが」には違いがあるのです。
「僭越ながら」の英語表現
日本語の「僭越ながら」を英語で表現するのは非常に厄介です。それは「僭越ながら」の直訳に相当する単語や言い回しが英語にはないからです。
しかしビジネスシーンでは「僭越ながら」のニュアンスを伝える必要が多々あります。その場合に英語で表現するには文節の前後の言い回しや、まざまな単語を駆使することで「僭越ながら」に近い意味合いを表現します。
表現方法の違い
日本語と英語では、根本的に表現方法が違います。この違いを知ることが英語表現を習得する基本になります。
それでは「僭越ながら」という言葉を読んだ時を想像して見てください。「僭越ながら」という文字を見ただけで、おぼろげながらイメージで何となく意味が伝わるのではないでしょうか。
ところが英語は文字を見ただけでは意味が伝わりません。単語それぞれの意味を訳して、文節前後の言い回しを解釈することで初めて意味を理解することができる言語です。その点が日本語と根本的に違う点です。
日本語は漢字、ひらがな、カタカナという3種類の文字で数千にも及ぶ文字で言葉を表現する世界でも類を見ない言語です。特に漢字は象形文字を基本にしているのでビジュアル的に意味が理解できる文字です。
ですから「僭越ながら」を見ただけで何となく意味が通じるのです。ところが英語はたった26文字のアルファベットしか文字はありません。アルファベットは単なる記号で、その組み合わせの英単語にはビジュアル的な意味がありません。
つまり英語はビジュアル的に伝えることができないので「僭越ながら」を表現するには多彩な言い回しや単語が必要になります。この表現方法の違いが英語を理解する上で重要になるのでしっかり押さえておきましょう。
「僭越ながら」の英語例文
日本語の「僭越ながら」は様々な場面で同じ意味合いで「僭越ながら」を使うことができますが、英語には「僭越ながら」に相当する単語がないために、場面によって様々な言い回しによって表現します。
英語で「With all due respect, ~」と表現する場合は後に続く「〜」の前置き表現になります。「due respect,~」は「しかるべき敬意を持って〜」という意味で、日本語の「僭越ながら〜」に近いニュアンスを表現します。
「I do not mean to be rude, but ~ 」の例文を直訳すると「失礼をするつもりはないのですが〜」という意味で、言いにくいことや失礼にあたるかも知れないけれど、と釈明するニュアンスで「僭越ながら」に近い意味を表現しています。
「Can I tell you something ?(ひとこと言ってもいいですか?)」「Please allow me to give my opinions.(僭越ながら私見を述べさせていただきます)」のように英語では、相手に伝える場面や目的によって言い回しを変えて「僭越ながら」を表現します。
言い換えれば英語には、日本語のようにどのような場面でも「僭越ながら」を表現する言い回しがありません。つまり場面や目的によって、その都度言い回しを変える必要がある言語です。
「僭越ながら」の使い方
前章では英語で「僭越ながら」を表現するためには様々な言い回しが必要になることを紹介しました。一方日本語の「僭越ながら」は場面や目的にかかわらず使うことができる便利な言葉です。
「僭越ながら」はビジネスの現場や挨拶でよく使う言葉です。実際に「僭越ながら」を使う場合の使い方を例文をあげて紹介します。
例文①ビジネスメール・手紙
ビジネスメールでは「先日の質問に関する回答を、僭越ながらメールでの失礼をご了承ください」「誠に僭越ではございますが、先日のご依頼の件を本メールにてご説明申し上げます」のように使います。
またイベントやセミナーに招待された場合のビジネスメールの返事は「この度はお招きいただき誠にありがとうございます。僭越ながら参加させていただきます」のように、先にお礼を述べてから参加の意思を「僭越ながら」を使って表現します。
手紙や文書の場合は「僭越ながら、文書をもちましてご挨拶とさせていただきます」「この度私の退任に際しましては、心温まる贈り物をいただき誠にありがとうございます。僭越ながら書面にて御礼申し上げます」
例文のように書面での失礼を詫びる意味で「僭越ながら」を使います。このようにビジネスメールや手紙では相手の表情が直接見えないので、失礼がないよう丁寧な表現にするために「僭越ながら」を使います。
ビジネス会議・会話
ビジネス会議では「僭越ながら、私見を述べさせていただきます」「その提案に関しましては、僭越ながら私なりのプランがございます」のように意見を述べる時に「僭越ながら」を使います。
ビジネス会議では、上司や目上の方も出席しています。発言する際には、例文のように誰に対しても失礼にならない意味で「僭越ながら」を使います。
ビジネスの会話では「本日は課長が体調を壊されていらっしゃいますので、僭越ながら私が出席させていただきます」「今回のプロジェクトチームには経験豊富な方々がお揃いですので、僭越ながら成功すると確信しております」のような使い方をします。
「僭越ながら、この場をお借りして私の計画を発表させていただいても宜しいでしょうか?」「僭越ながら、今回のプロジェクトに参加させていただいても良いでしょうか?」のように許可を得る場合にも「僭越ながら」を使うことができます。
例文②挨拶
結婚式や式典などパーティーやセレモニーで、乾杯の発声や挨拶を求められた時に「僭越ながら」をよく使います。
結婚式などのパーティーでは「ご指名でございますので、僭越ながら乾杯の発声をさせていただきます。どうぞご起立の上ご唱和をお願いいたします」「只今ご紹介に預かりました〇〇でございます。僭越ながら一言挨拶をさせていただきます」
「僭越ながら、本日の司会進行を務めさせていただきますので、どうぞ宜しくお願い致します」「僭越ながら、友人を代表して挨拶と思い出話をさせていただきます」
例文のように、会場にいる他の人々を差し置いてやらせていただく失礼を詫びながら許可を得る意味合いで「僭越ながら」を使います。このように「僭越ながら」は挨拶では前置きの言葉として使われます。
使ってはいけない「忌み言葉」
日本語には「忌み(いみ)言葉」という、その場面で使ってはいけない言葉があります。結婚式では、別れや繰り返しを連想させる言葉が「忌み言葉」になります。
最近では気にしない人が増えていますが、中には気に触る方もいるので注意が必要です。せっかく「僭越ながら」と言って丁寧に会場の皆さんの許可を得て始めた挨拶で「忌み言葉」で雰囲気を壊してしまうことがあるからです。
「忌み言葉」には「別れる」「去る」「壊れる」「切れる」「捨てる」「破れる」「繰り返す」など日常会話でよく使う言葉がたくさんあるので、うっかり口にしてしまう可能性があるので注意しましょう。
「繰り返す」「再び」「再三」が忌み言葉になるのは、結婚式を人生で繰り返すことは離婚を意味します。晴れの結婚式でこの言葉はお二人の結婚に水を差すことになるので禁句になります。
この言葉は不祝儀の葬式でも禁句になります。葬式は何度も繰り返したくない儀式です。ちなみに祝いの席では「乾杯(かんぱい)」ですが、不祝儀では「献杯(けんぱい)」というので間違えないよう注意しましょう。
もし結婚式で挨拶を依頼された場合には、前もって別れや繰り返しを連想させる「忌み言葉」をしっかり調べておきましょう。
「僭越ながら」は「身の程をわきまえず」という意味
「僭越ながら」は「身の程をわきまえずに、失礼ですが」という意味があり、ビジネスでは上司や取引先、目上の人に対して意見を述べたり許可を得る時に使う日本語独特の表現です。
また結婚式などのスピーチで挨拶の前置きとしても使います。ここまで「僭越ながら」の類義語や言い換え表現、使い方を例文をあげて紹介してきました。これらを参考にして、正しい「僭越ながら」の使い方をビジネスシーンや挨拶に活かしていただければ幸いです。