個人事業主は社会保険に加入できる
会社員の時には会社任せだったけれど、いざ独立して起業すると、あまり気にしていなかった経理・税務・社会保険など分からないことだらけという方が多いのではないでしょうか。今回は社会保険に焦点をあわせて解説していきます。
法人格を持った会社の社員の場合は健康保険や厚生年金、労働保険は必ず加入しなければならないように法律で定められています。では個人事業主の社会保険はどうなっているのでしょう。
結論からいえば、法人格を持たない個人事業主の場合は、保険の種類や条件は違いますが、社会保険に加入することができます。
個人事業主が入れる健康保険
日本では国民皆保険制度を導入しているため、個人事業主でも必ず何らかの公的健康保険に加入しなければなりません。
会社員の場合は厚生年金とセットで健康保険に加入しますが、個人事業主の場合は、基本的には扶養家族も含め世帯(家族)単位で国民健康保険に加入することになります。
国民健康保険は運営母体が地方自治体のための、保険料は自治体によりまちまちですが、受けられる医療内容や医療費の自己負担率は、健康保険も国民健康保険も変わりはありません。
個人事業主が入れる年金
個人事業主が入れる年金制度は国民年金になります。国民年金は基礎年金と呼ばれ、全ての国民が加入しなければならない年金です。保険料は毎月一定で平成30年度の場合は¥16,340で、国が毎年度定めます。
会社員が加入する厚生年金は、この基礎年金に上乗せする年金制度で保険料は給与の額によって変わりますが、当然国民年金より高くなります。しかしそれでは個人の負担が大きすぎるので、保険料の半分を会社が負担することが法律で決まっています。
将来受取る老齢年金の額は、国民年金と厚生年金では納めた保険金額が違うのでかなりの差が出てしまいます。個人事業主と会社員でもらえる年金に違いがあるのには不公平感がありますが、国が定めた年金制度なのでいたし方ありません。資金に余裕があり将来の年金を増やしたいと思う個人事業主は、民間の保険会社の個人年金保険を利用する方法もあります。
労働保険には原則加入できない
労働保険には雇用保険と労災保険の2種類がありますが、この保険は雇われた従業員が加入する保険制度です。
雇用保険は従業員が退職して失業給付を受けたり、育児休業給付や介護休業給付を受けるための保険です。労災保険は従業員が就業中や通勤の途中でケガをした時に治療費を補填したり、休業保証をする制度です。つまり労働保険は従業員のための制度なので、雇い主である個人事業主は原則加入することができません。
介護保険には40歳から加入できる
介護保険はこれまで紹介した3つの社会保険とは少し異質な保険制度で、介護が必要になった高齢者を支えるための保険制度です。
介護保険は会社員であろうと個人事業者であろうと、40歳になった時点で加入が義務づけられている保険制度です。保険料は加入している健康保険と一緒に徴収されますが、年金受給者は原則年金から天引きされます。保険料の決め方は保険組合や地方自治体により異なります。
家族の扶養になれば入れる保険もある
個人事業者でも1年間の収入が130万円未満で、生計をともにしている家族に健康保険の加入者がいる場合には、その家族の扶養者になることで健康保険に入ることができ保険証が発行されます。
例えば本人の父親が50才でサラリーマン、会社の健康保険に加入しているとします。本人はその子供で大学卒業後1年くらいは会社に勤めていたけれど、一念発起して会社をやめて起業し個人事業者になりました。
しかしまだ売上はさほど伸ばせず年収が130万円未満の場合は、父親の健康保険の扶養家族の手続きをとれば保険証が発行され健康保険が利用できます。ただし父親の保険が国民健康保険の場合には、扶養家族の制度がないので利用できません。
個人事業主と社会保険①医療関係
医療関係の社会保険には、国民健康保険と健康保険があります。個人事業主が無条件で加入できるのは国民健康保険ですが、一定の条件を満たせば健康保険にも入ることができます。ただし健康保険は厚生年金とセットで入る必要があります。個人事業主が社会保険に加入するための条件や手続きを紹介していきます。
国民健康保険の条件
国民健康保険は、会社などの健康保険に入っていない人なら誰でも無条件で加入できる医療保険です。また全ての国民は何らかの健康保険に加入しなければならないと法律で決められています。
個人事業者や会社を退職して無職の人、無職の年金受給者など他の健康保険制度に属していない人が加入しなければならないのが国民健康保険です。
また運営は住所地の市区町村などの地方自治体が行っており、基本的に健康保険に加入している人を除き、世帯(家族)単位で扶養家族を含めて加入することになっています。
扶養家族とは生計をともにしている親族で、一定額以上の所得がない家族のことです。配偶者、子、孫、弟姉、父母など直系親族のほか内縁の配偶者のの父母や連れ子でも同居していて扶養している場合には扶養家族になります。
国民健康保険の手続き
国民健康保険の加入手続きは、住所地の市区町村役場でおこないます。会社を退職して国民健康保険に加入する場合は、前の健康保険の資格喪失日から14日以内に手続きをする必要があります。
また転居などで住所が変わった場合にも14日以内に手続きをしなければなりません。住民票の変更届と一緒に済ませてしまえば二度手間にならずに良いでしょう。また扶養家族が就職して健康保険に加入した場合にも、扶養家族変更の手続きをする必要があります。
健康保険の資格喪失から、国民健康保険の加入手続きを済ますまでに医療機関で診療を受けた場合には、医療費は全額負担となり高額になるので手続きはなるべく早くするようにしましょう。またうっかり手続きを忘れて日数が経ってしまうと、資格喪失の日にさかのぼって保険料を請求されるので気をつけましょう。
健康保険の条件
株式会社などの法人格の事業所は、たとえ事業主(社長)1人の会社であっても社会保険(健康保険・厚生年金)に加入しなければならず、これを強制加入といいます。
個人事業者の場合は国民健康保険加入が原則ですが、常時雇用する従業員が5名以上いる場合は社会保険(健康保険・厚生年金)が下記の業種以外は強制加入となります。
強制加入とならない業種は、農林水産業やサービス業(飲食、理容、宿泊、クリーニング、浴場、写真、映画、娯楽業)、弁護士などの士業、神社、寺などになり、従業員の人数に関わりなく任意加入となり、加入するかしないかは事業主の判断に委ねられます。
健康保険の手続き
社会保険の任意加入の手続きは年金事務所へ申請を行い、厚生労働大臣の認可を受ける必要があります。
社会保険は基本的には健康保険と厚生年金がセットなので、健康保険だけ加入することはできません。同時に厚生年金にも加入する必要があり従業員の同意も必要になります。
また社会保険が適用となった場合には、従業員の中に加入に同意しなかった人がいたとしても、加入条件を満たす従業員は全員強制加入となるので注意しましょう。
また保険料の半分は事業主の負担となり、給料から徴収できるのは半額です。経費が増えることになるので加入前に慎重に検討しましょう。また申請手続きは必要書類を地区の年金事務所に持参するか郵送または電子申告も可能です。
個人事業主と社会保険②年金制度
個人事業主が加入できる年金制度は国民年金と前に紹介しました。しかし国民年金と厚生年金では老後に受取る老齢年金に大きく差があります。少しでも年金が多いほうが嬉しいのが人情です。
個人事業主やフリーランスの方でも一定の条件を満たせば厚生年金に加入できるのですが、一定の条件とはどのような条件なのでしょう。国民年金と厚生年金それぞれに加入する資格や条件、手続きをする場所や方法を紹介します。
国民年金の条件
国民年金はすべての国民の老後を支える制度で、全ての国民が加入しなければならない保険で、基礎年金とも呼ばれています。国民年金の保険料を納めなければならない人を第1号被保険者といいます。
また会社員などで厚生年金保険に加入している人を第2号被保険者、その配偶者を第3号被保険者といいます。つまり国民年金加入の条件は、第2・3号被保険者以外の人になります。
全ての国民が加入しなければならないのに?と不思議にみえますが、実は厚生年金には基礎年金(国民年金)部分がすでに含まれています。
つまり厚生年金保険料を納めていれば、自動的に基礎年金(国民年金)も合せて支払っていることになります。基礎年金(国民年金)に上積みした形で納めているので、将来受取る老齢年金額も国民年金より多くなります。
国民年金の手続き
国民年金の手続きは、近くの年金事務所でもできますが、通常は国民健康保険と合わせて市区町村役場で行います。加入手続きには、基礎年金番号が確認できる年金手帳や年金定期便などの書類が必要です。
よく勘違いして間違えやすいのは、会社を退職した時に渡される離職表に記載されている雇用保険の被保険者番号と基礎年金番号を混同することがあるので注意しましょう。また納付方法は送られてくる納付書で、金融機関やコンビニで現金で支払います。手続きをすればクレジットカード払いや口座振替も可能です。
厚生年金保険の条件
個人事業主やフリーランスの方が厚生年金保険に加入する条件は、雇っている従業員の数や業種により違います。また厚生年金は健康保険と常にセットで、基本的には片方だけ加入することはできません。
健康保険のところで紹介したように農林水産業やサービス業、弁護士などの士業、神社仏閣の業種は適用外ですが、常時雇用している従業員が5名以上いる場合には社会保険(健康保険・厚生年金)の加入が個人事業主であっても強制加入となり義務づけられます。
しかし個人事業主の場合は、前述の適用外業種の方が多いようです。適用外業種の場合は従業員の人数に関わりなく任意加入となります。任意加入の条件は健康保険の場合と同様に従業員の同意と厚生労働大臣の認可が必要になります。
厚生年金の手続き
社会保険に任意加入するには健康保険と厚生年金の同時加入が原則です。厚生年金の加入手続きも近くの年金事務所で健康保険と同時に行うのが通例です。郵送や電子申請もできますが、直接行くほうが色々と相談や書類の修正などができて良いのではないでしょうか。
しかし個人事業主にとって厚生年金の加入は老齢年金を増やせることや、従業員を求人をする場合に有利になるというメリットがありますが、経費増のデメリットやリスクもあるので、慎重に検討することが必要です。
個人事業主と社会保険③雇用関係
個人事業主が1人で事業をしている場合は問題ないのですが、仕事が忙しくなったり事業を拡大するために人を雇うようになった場合、必要となる社会保険には雇用保険と労災保険があります。
この保険は1人でも従業員を雇い入れた場合には事業主に加入義務がある公的な保険で、2つを総称して労働保険といいます。ただし労働保険は労働者のための保険なので、事業主本人は加入できません。雇用保険と労災保険の加入条件や手続きについてこれから紹介します。
雇用保険の条件
雇用保険とは、従業員が退職した後で失業保険などを受取るための公的保険です。雇用保険の加入に必要なのは1週間に20時間以上働く予定がある従業員で、31日以上継続して雇う予定があることが条件になります。
最近は外国籍の従業員を雇うことが増えていますが、この保険は国籍には関係ありません。前述の条件を満たしていれば国籍を問わず雇用保険加入の義務があります。ただし従業員が学生アルバイトなどの場合には加入の必要はありません。
雇用保険の手続き
雇用保険の手続きは、近くの管轄のハローワークで行うことになります。従業員を雇った場合には労働者名簿、出勤簿、賃金台帳の3つの書類を作成することが労働基準法で定められています。
雇用保険の手続きには、これらの書類をもとに条件を満たしているかを判断するので、きちんと作成しておくことが大切です。またこれらの書類は、万が一従業員ともめ事が発生した時にも重要な参考資料となるので、しっかり記録保管に留意しましょう。
労災保険の条件
労災保険は仕事中や通勤途中で事故(ケガ、病気、死亡)や災害にあった時に支払われる保険です。雇用保険と違うのは、雇用形態が社員、パート・アルバイト、日雇いなど、どのような形態であろうと雇われて働いている人全てが対象になります。また労働者が個人で加入するのではなく、事業所自体が加入するところが雇用保険と違います。
労災保険の手続き
労災保険加入の手続きは、管轄の労働基準監督署(ハローワーク)で行います。またケガなどで労災保険を請求する場合は、病院の診断書や請求書などの必要書類をハローワークに提出します。
保険では治療費だけでなく、休職が必要な場合には休職中の給与の一部も補填されます。ただし治療を受ける際に労災保険の適用を受ける旨を病院側に伝えておくことが必要です。労災指定病院でない医院もあるので事前に確認しましょう。労災指定病院以外で治療を受けた場合には、いったん治療費を立替えてハローワークに後日請求することになります。
個人事業主の社会保険の注意点
個人事業主が自分ひとりで営業している場合には、さほど社会保険に留意しなくても済むのですが、従業員を雇った場合には強制加入になる社会保険があります。また職種や人数によっては任意加入が出来る社会保険があります。
強制加入とは法律で加入が義務づけられている保険で、任意加入とは事業主の判断で加入の選択が出来る保険です。その場合の経費負担や注意しなければならない点を解説します。
従業員の社会保険料と会社負担額
社会保険に加入していなければ、事業主も従業員も個人で国民年金と国民健康保険料をそれぞれで負担します。
厚生年金に任意加入すれば保険料は上乗せ保険ですから将来もらえる老齢年金は国民年金よりかなり高額になり、求人を募集する際に社会保険完備とうたえば従業員を集めやすくなるメリットがあります。
その反面、保険料は高くなるので従業員にとっては負担が大きくなります。それを軽減するために半額を事業主が負担することが義務づけられています。事業主にすれば経費負担が増えることになります。
従業員の数が多ければ多いほど経費負担は大きくなります。また人数が多ければ事務手数も増えるので、社労士に委託する経費も必要になります。社会保険に加入して経費負担が増え経営が悪化したという個人事業主の例もあります。
将来の利益と現在の経費負担とを見比べて、社会保険加入が徳か損かは一概に答は出ません。ただ言えるのは従業員が少ない場合はメリットがあるけれど、従業員が多い場合には経費負担を考えると慎重に検討することが必要かも知れません。
事業主の保険料は経費に含まれない
社会保険に任意加入した場合の経理上の注意点ですが、従業員の保険料の半額負担分は経費として計上できますが、事業主本人の保険料は経費に計上はできません。
税法上、法人の場合の事業主(社長)は会社の役員という会社に雇われた従業員の一人という考え方ですが、個人事業主の場合の事業主は従業員ではないのです。事業主本人が支払った保険料は、社会保険料控除として確定申告で行うことになります。
任意加入の場合従業員の同意が必要
個人事業主が社会保険に任意加入する場合には、従業員の2分の1の同意が必要となります。従業員の中には、老後の年金のことより給与の手取りが減って現在の生活が苦しくなることを危惧する人がいるからです。
また2分の1の同意が得られて任意加入した場合には、同意しなかった人も強制加入になってしまいます。同意しなかった従業員には、扶養家族の子供が受験を控えていて給与の手取りが減るのは困るという事情があるかも知れません。この辺は事業主にとって悩ましいところなので、従業員とよく話し合うことが必要です。
個人事業主も社会保険に加入できる
これまで個人事業主が社会保険に加入できる条件や手続きの方法を解説してきました。しかしそれにはメリットもあればデメリットもあります。
無条件で入れる国民的な社会保険もあれば、一定の条件を満たせば補償グレードが高い社会保険に加入することもできます。またそのメリットやリスクも紹介しました。これまでの記事を参考に総合的に判断して最善の方法を選択する助けになれば幸いです。