建前の意味
「建前」という言葉は、「本音と建前」というように本音や本心と対比されて使われます。そのため、建前を「嘘」と思ってしまっている人も少なくないようです。
ですが実際は、建前とは「嘘」を意味する言葉ではありません。そこで今回は、「建前」という言葉の正しい意味や使い方、類義語について見ていきながら、建築の「建前」におけるお祝いの挨拶やご近所の方々への挨拶の例文や、また、建前による付き合いのメリットデメリットについて解説していきます。
建前は嘘とは違うもの
「嘘」と混同されがちな「建前」という言葉ですが、実はこの2つの言葉は同じ意味を持ちません。そもそも「嘘」という言葉を国語辞書で引いてみると「事実でないこと。人をだますために言う事実とは違う言葉。」と説明されています。つまり「嘘」とは簡単に言えば「相手をだますための事実に対する偽り」を意味します。
①基本となる方針や原則
一方の「建前」には大きく2つの意味があります。その1つ目は「基本となる方針や原則」という意味です。こちらの意味は、あまりなじみのないものかもしれません。この意味の建前は、建築において建物の主となる骨組みや、その骨組みが完成した際に行われる儀式(上棟式)を指すようです。
②表向きの考え
「建前」のもう1つの意味は「表向きの考え」です。この意味は、一般的にイメージされる「建前」の意味に近いでしょう。
ここで注意しなければならないのは、建前はあくまで「表向きの考え」を意味しているだけであり、そこに「相手をだます」という意志がない点です。建前と混同されがちな「嘘」という言葉は、先ほども見てきたように「相手をだます」という目的のための言葉や態度に対して使われるものでした。
つまりまとめると、「相手をだますつもりなのかそうでないのか」が、「嘘」と「建前」の違いと言えるでしょう。
建前は日本人に特有の文化
すでに見てきたように「建前」とは、「相手をだますつもりのない表向きな考え」を意味しましたが、一説によると「建前」という言葉は、日本人特有の文化だと言われています。
日本人は欧米人と比べると、自分の意見や気持ちを相手に率直に伝えることをあまり良しとしません。そのため、「相手をだますつもりはない、表向きの考え」と意味する「建前」は自分の意志・意見をストレートに表すことの少ない日本人ゆえの行為であると言えます。
ストレートに意思・意見を表す欧米人との違い
欧米人であれば、交渉時などにおいて自らの意思や意見をストレートに表現します。しかし日本人は、自分の意志・意見をストレートに表現することを好まない傾向にあります。自分の意志・意見がどうであれ、表向き、つまり相手に合わせた反応をすることで、自分の意志・意見になるようにします。これが「建前」ということです。
ある意味、人間関係を円滑に行うための日本人らしいコミュニケーション術が「建前」とも言えますが、欧米人など「建前」という文化がない国々からすると、「日本人はよくわからない」と感じてしまいコミュニケーションを阻害する要因ともなりえます。
日本人は「嘘」をつきやすい?
このように、国際交流の中で意思疎通を阻害する要因となりえる「建前」ですが、なかには、日本人自身が建前と嘘を混同していることも少なくありません。なぜなら「建前」と「嘘」は、相手をだますつもりかどうかという意図こそ違えど、自分の本心ではないと言う点では同じだからです。
実際、2013年に放送されたテレビ番組で行われた世界39か国3,900人を対象にしたアンケート「あなたは嘘をよくつきますか?」では、日本が世界4位・アジア1位なりました。
この場合の「嘘」には、相手をだますつもりでついているわけではない嘘、つまり「建前」も含まれていると考えられますが、日本人が「嘘」や「建前」を使ってコミュニケーションを図っているというのはあながち間違いではないようです。
儒教思想から生まれている
建前という考えは儒教思想にも表れています。国会での総理大臣による施政方針演説では、儒教思想の「由らしむべし知らしむべからず」という言葉が使われます。これは、政治を行うものが民衆を定めた方向に従わせることは簡単だが、その理由すべてを理解させることは難しい、という意味です。
ここでの建前とは「政治家が決めた方針に国民を従わせることはできるがその理由を全て話すのではなく、最も重要かつ理解できる点を選んで国民に伝える」と言うことになります。
もちろん全てを話すことが正義なのかもしれませんが、その全てを国民が理解することは至難の業と言えるでしょう。そのため、重要なポイントに絞ることも政治家の重要な役目と言えます。いわゆる「建前的な説明」とも捉えられるかもしれませんが、円滑に国政を進める上では重要な考え方と言えるでしょう。
建前の類義語
ここまで見てきたように、「建前」の類義語は「嘘」ではありません。そこで気になるのが、「『建前』の類義語として使われる言葉がどのような言葉なのか」ということでしょう。実は「建前」には様々な類義語が存在しています。
国語辞典で「建前」の類義語を調べてみると、「主義」・「方針」・「信条」・「路線」といった様々な言葉が出てきますが、今回は①施策、②名目、③外面的という3つの類義語について解説していきます。
①施策
建前の類義語の1つ目が「施策(しさく)」です。施策とは、政治・行政機関が実際に行う計画やその計画を実行することを意味します。
一般的にイメージされる「建前」の意味とは少し異なるかもしれませんが、これは「建前」の意味のうち「基本となる方針や原則」の類義語に分類されると言えます。
「施策」はすでに実行されている(または実行された)計画について述べるものです。そのため、「すでに検討の余地のない方針(についての計画)」という意味では、「建前」の類義語と言えるでしょう。
②名目
建前の類義語の2つ目が「名目(めいもく・みょうもく)」です。名目とは、表向きの名称や表向きの理由を意味しています。これは、「建前」という言葉の一般的に使われる意味に近いため、類義語に分類されるのもうなずけるでしょう。
「名目」を使う例文としては「名目をつけて断る」などが挙げられます。例えば、行きたくない飲み会を断る際に、実際の体調の状態に関わらず「今日は体調が悪いので」と言って断ることなどがこれに当たります。嘘かどうかは別として、真意に関わらず自分の意図する方向に進めようとする点で、「名目」と「建前」は類義語関係にあると言えるでしょう。
③外面的
建前の類義語の3つ目が「外面的(がいめんてき)」です。これは、物事の表に現れた様子や物事の見方・考え方が上辺だけにとどまっている様子を意味します。真意(内面)とは異なっているという点から見れば、「外面的」は「建前」の類義語と言えます。
例えば、実際には家庭内が上手くいってない夫婦が、家庭以外では仲睦まじく振舞ったりする様子を「外面的には家庭円満な夫婦」と表現することができます。
「嘘」も含んでしまっていることがある
このように類義語を見ていくと、「建前」という言葉を使うときには「嘘」が含まれてしまっていることも少なくありません。ですが実際、「嘘」と「建前」では言葉が持つニュアンスが異なります。「嘘」は相手をだます悪意がありますが、「建前」は相手を傷つけないためや相手との関係性を良好に保つためであり、悪意はありません。
この「嘘」と「建前」の微妙なニュアンスは、調和を重んじる日本人特有の文化であると言えますが、正しい言葉を使うときには注意するべき点であると言えるでしょう。
建前の対義語
ここまで「建前」の類義語について解説してきましたが、「建前」には「表向き」という意味が強く含まれていることが分かりました。そこでここからは、「建前」の対義語に当たる言葉について解説していきます。
「本音と建前」という言葉があるように、「建前」の対義語として真っ先にイメージするのが「本音」でしょう。実際、「建前」の対義語を調べていくと、「本音」と類義語関係にある言葉が「建前」の対義語であることが分かります。今回はそのうち、①真意、②本意、③本心という3つの言葉を解説します。
①真意
「建前」の対義語の1つ目が「真意(しんい)」です。真意とは、「本当の気持ち・意向や、本当の意味」という意味があります。これは「本音」の類義語とも言える言葉です。
「真意」を使った例文として挙げられるのが「彼の真意がわからない」などといった例文です。これは、「その人の発言(態度)が本音かどうかわからない」という意味になるので、言い換えれば、この例文における相手の発言や態度は「建前」と言えます。
②本意
「建前」の対義語の2つ目が「本意(ほんい)」です。本意には大きく2つの意味があり、「本当の気持ち」を意味することもあれば、「本来の望み」を意味することもあります。これは先ほど解説した「真意」の類義語とも言えます。
例文を使って「本意」の意味を見ていくと、「そのような発言は決して本意ではなかった」のように本当の気持ちとして使われることが多いでしょう。
「本来の望み」の例文として、古典文学でかの有名な『徒然草』の一節に「神へ参るこそ本意なれと思ひて、山までは見ず」(神へお参りすることが本来の目的であると思って山までは見ない)という文章が出てきます。このことから以前は、本来の望み・目的で使われる方が多かったようです。
③本心
「建前」の対義語の3つ目が「本心(ほんしん)」です。本心には様々な意味があり、例文「本心を打ち明ける」のように「本当の気持ち」を意味することもあれば、例文「本心に返る」のように「良心」の類義語として「本来あるべき正しい心」と意味することもあります。
またこの他にも、正気の類義語として「たしかな心」を意味したり、「本来の性質」を意味することもあります。「本心」は、心や性質など指し示すものは多くとも、「本来あるべき・本来的な」というニュアンスを含む言葉であることがわかります。
ここでは、1番初めに紹介した「本当の気持ち」を意味する際の「本心」が「建前」の対義語と言えます。
本音と建前の違い
ここまで「建前」の意味や類義語・対義語について解説してきました。すでに見てきたように、「建前」とは相手をだます悪意のない、表向きの言葉や態度を意味します。
「建前」という言葉は「建前的な付き合い」のように単体の言葉として使われることも多いですが、しばしば「本音と建前」のように、「本音」と対比されて活用されることもあります。そこでここでは、「本音」と「建前」の違いについて解説していきます。
①本音
「本音と建前」における「本音」とは、自分の感じている気持ちや思っている考えを指します。また、それをストレートに表すことも「本音」と言えるでしょう。
「本音をさらけ出す」という例文もあるように、本音をストレートに相手に伝えるということは、日本人にとっては少し勇気のいる行為かもしれません。日本人にとっては、自分の気持ちや意志によって相手の気分や場の雰囲気が悪くなることよりも、自分の本音を隠す方が得策と言えるのかもしれません。
日本人のこのような性質は、外国からの侵略が少なかった過去が関係しているでしょう。歴史を遡ると、日本の歴史は国内戦争が主だっています。つまり外国よりも同じ日本人の方が脅威だったため、相手に合わせたコミュニケーション術(=建前)が発達したのでしょう。
②建前
一方、「本音と建前」における建前とは、自分の本音(本来抱いている思いや気持ち)とは関係なく、相手に合わせて空気を読んで発する言葉や態度のことを指します。
建前とは、自分の利益のためにつく「嘘」とは違い、相手の気分を害さないようにという想いから出てくる言葉・態度ではありますが、本心ではないことを考えれば、「優しい嘘」とも言えるかもしれません。
建前で挨拶をする例文
ここまで見てきたように、建前とは「相手とのコミュニケーションを円滑にするための潤滑油」とも言い換えることができます。実は建前は、この意味以外にも使われます。それが建築での「上棟式(じょうとうしき)」です。
上棟式とは、建物を新築するときに行われる神道の祭祀(お祭り)です。別名「棟上げ」とも呼ばれます。建物の新築の無事を願い、新築のお祝いするためのお祭りで、儀式については神主ではなく棟梁が中心となって執り行われます。
①お祝いの挨拶
このように上棟式には建築の無事を祈ったり、建築を担当してくれている職人たちへの感謝や労いを表したり、新築へのお祝いをしたりします。上棟式では、上棟式の準備の後、上棟式を行い、上棟式後のお祝いという流れで行われます。儀礼的な部分も多いので、お祝いの挨拶について解説していきます。
建前(上棟式)のお祝いの挨拶は、①はじめの挨拶、②家族紹介、③失礼を考慮した挨拶、④工事の無事と安全を願う挨拶、⑤締めの挨拶という順番で進めます。それぞれのお祝いの挨拶を、例文と共に見ていきましょう。
建前のお祝いの挨拶の流れと例文
お祝いのはじめの挨拶では、「皆様のおかげで、本日無事に上棟を済ませることができました。ありがとうございます。」など、感謝と上棟を済ませた旨を挨拶します。その後の②家族紹介は、建築に携わっている方々へ住人を紹介する意味で行われます。
③失礼を考慮した挨拶は、「初めての上棟式でしたので失礼がありましたことをご容赦ください。」といった定型文で済ませることが多いようです。こういった文言はお祝いの席では形式的によく使われます。形式的ですが、失礼のないように忘れず述べましょう。
④工事の無事と安全を願う挨拶では、「今後の工事につきましても、皆様にはくれぐれもお怪我のないよう、安全第一でお願いいたします。」と、職人の方々への配慮を伝えます。⑤締めの挨拶で「本日はありがとうございました。」と感謝の意を述べてお祝いの挨拶を終えます。
建前のお祝いの挨拶の後は直会(なおらい)
建前(上棟式)のお祝いの挨拶と儀式が終わると、祭壇の前で乾杯の後、餅投げを行います。その後、直会(なおらい)と呼ばれる宴会を開きます。直会では、軽食や飲み物、お酒をふるまい、今後の安全無事への労いや新築へのお祝いをします。このように、新築に関わる人々への感謝の新築へのお祝いの意を表すのが「建前」です。
②ご近所への挨拶
建物を新築する場合、気をつけたいのが「ご近所付き合い」です。家を建てるとなれば、長年付き合う可能性のあるご近所の方々と、早々に仲たがいしてしまってはその後の生活がしにくくなります。
そこで、建物を新築することになったら、タイミングをみながら、ご近所の方々へ挨拶するようにします。ご近所の方々へ挨拶するポイントは、4回です。
着工前・地鎮祭・建前(上棟式)・入居時が挨拶のポイント
建物を新築する際に押さえておきたいご近所の方々への挨拶のポイントは、①着工前、②地鎮祭、③建前(上棟式)、④入居時です。
まず初めに着工前です。建築には騒音が付きものなので、そういったことへのお詫びも含め、今後の挨拶をします。その後の挨拶のポイントは「地鎮祭」です。地鎮祭が終わればいよいよ本格的な工事が始まることが多いので、このタイミングでも挨拶をしておくとベターです。
その次の挨拶のポイントは「建前(上棟式)」です。今後の挨拶はもちろん、建前(上棟式)で餅投げをする場合はそのご案内をします。そして最後の挨拶ポイントは「入居時」です。建築に伴い騒音等に対するお詫びと今後の挨拶、新築へのお祝いをします。
建築にはしきたりも多い
このように見ると、新しく家を建てるには様々なしきたりがあることが分かります。一見、手間がかかるように感じますが、家は一生ものの買い物です。
紹介してきた例文や流れをしっかりと確認して、後で「やっておけばよかった」と悔いを残したり、ご近所とのわだかまりとなる原因を作ったりしないように注意しましょう。
建前で付き合うメリットとデメリット
このように、建前には建築上の意味もありますが、「人間関係を円滑にするためのコミュニケーションの潤滑油」の役割を果たしているケースとして使われることがほとんどでしょう。そこでここでは、建前で付き合うことのメリットとデメリットについて解説していきます。
メリット
建前で付き合う最も大きなメリットは、多くの人と円滑にコミュニケーションを図ることができる点でしょう。建前とは相手の気分を害さないようにすることが目的でもあります。そのため、建前で付き合うことで、相手との不必要な衝突を避けることができます。
また、仕事などにおいては円滑にプロジェクトを進めるためにも、「建前」を利用することがあるでしょう。いちいち衝突していては、進む仕事も進まなくなってしまいます。
デメリット
一方、建前の最も大きなデメリットは「孤独感」と「フラストレーション」と言えるでしょう。建前で付き合うということは、本音をさらけ出さないと言うことです。人によっては、お互いの本音を知ることができないがために、「仲間がいない」と感じ、孤独感にさいなまれることもあるでしょう。
また、建前での言動は自分の本音をストレートに表現しません。そのため、自分の希望する方向通りに進まないことも予想されます。こういったことが続いてしまうと、欲求不満に陥り、フラストレーションを抱えてしまうこともあるようです。
建前は円滑にする為の表向きの考え
見てきたように「建前」とは、様々な意味で活用される言葉でした。建築上では、新築への祈願・感謝・お祝いを表すこともありますが、一般的には人々とのコミュニケーションを円滑にするために表向きの考えを指す言葉が「建前」です。
日常的な場面はもちろん、儀式的な場面では、間違った言葉の使い方は他人に不快な思いをさせたり、不要な誤解を生みかねません。正しい言葉の意味や例文を理解して、円滑なコミュニケーションを図っていきましょう!