役不足とは【意味】
「役不足」は「やくぶそく」と読みますが、役不足とはどのような意味なのでしょうか。実は、この「役不足」は、誤って用いられることが多いのです。
ある会社の銀座支店長のポストがその会社の出世コースの出発点のポストだとして、そのポストに最年少で就いた人物が、就任時の挨拶で「私は、まだまだ若輩者であり、銀座支店長には役不足であると思っております」とスピーチしたとします。意外に思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、このスピーチでは、「役不足」を誤用しています。
それでは、役不足とは、どのような意味で、どのように用いれば良いのでしょうか。以下に、「役不足」の正しい意味を説明します。
意味①与えられた役目に不満を持つ
役不足の第一番目の意味として、役不足とは、与えられた役目に不満を持つことを意味します。「役」にはいくつかの意味がありますが、「役不足」における「役」は、役目、任務、配役などの意味です。そして、「不足」の意味は、足りないこと、十分でないこと、などの第一の意味と、満足でないこと、不満などの第二の意味があります。
このように、そもそも「不足」には、不満という意味があり、「不足を言う」、「不足な顔をする」、「相手にとって不足はない」などど使用されます。これらにおける「不足」は、全て「不満」という意味です。
いつも主役を演じている大俳優が、単なる脇役を演じることになれば、その大俳優は「役不足」であると内心では考えているかもしれません。
意味②その人の能力に対して役目が軽い
役不足の第二番目の意味として、役不足とは、その人の能力に対して役目が軽いことを意味します。具体的な事例で説明すると、次のようになります。
ある会社の営業部において、インフルエンザの流行により営業部社員の欠席が多くなりました。残っている社員も全員が、予定されていた営業業務で外出するような状況になりました。そのため、営業部長が営業部の電話対応の役目をすることになりました。
このような場合、電話対応は大事な役目ですが、営業部長がその会社で通常行う職務ではなく、営業部長には本来与えられている営業部長としての職務があります。したがって、営業部長にとっては電話対応の役目は、「役不足」といえるでしょう。
役不足とは【類語と意味】
役不足の意味をより深く理解するために、役不足の類語と、類語の意味についても紹介します。「役不足の類語」は、「役不足」と意味が似ていますので、「役不足の類語」を知ることにより、類語の関係にある「役不足」の意味もより深く理解できるでしょう。
役不足の第二番目の意味として、その人の能力に対して役目が軽いという意味がありますが、この意味における類語として、「朝飯前」という言葉があります。「朝飯前」とは、どのような意味なのでしょうか。
朝飯前
「朝飯前」は、「あさめしまえ」と読みます。「役不足」の類語としての「朝飯前」とは、朝飯を食べる前の短時間で仕上げられるような、きわめて簡単なことという意味です。したがって、「朝飯前」は、「役不足」と同様に、その人の能力に対して役目が軽いということができます。「朝飯前」の使い方の例としては、次のものがあります。
例えば、「彼は、体は小さいが大学時代にウエイトリフティングの選手だったんだ。だから、ここから倉庫まで60kgの米を運ぶことは、彼にとっては朝飯前の仕事なのさ」という使い方があります。
また、例えば、「毎日20km走っている彼にとって、往復3kmの距離を走ることなどは朝飯前のことだよ」という使い方もあります。
また、例えば、「シソ(紫蘇、または蘇)のタネ、エゴマ(荏)のタネと俗に呼んでいるものはじつは純然たる種子ではなく、純種子を含んだ果実である。植物学者はそんなことは朝飯前に知っているが、普通の人々には、それが分かるまい」(牧野富太郎の「植物一日一題」)という使い方もあります。
役不足とは【対義語と意味】
役不足の意味をより深く理解するために、役不足の対義語と、対義語の意味についても紹介します。「役不足の対義語」は、「役不足」と意味が反対の関係にありますので、「役不足の対義語」を知ることにより、対義語の関係にある「役不足」の意味もより深く理解できるでしょう。
役不足の第二番目の意味として、その人の能力に対して役目が軽いという意味がありますが、この意味における対義語として、「荷が重い」という言葉があります。「荷が重い」とは、どのような意味なのでしょうか。
荷が重い
「荷が重い」は、「にがおもい」と読みます。「役不足」の対義語としての「荷が重い」とは、力量に比べて、負担や責任が大きすぎるという意味です。したがって、「荷が重い」は、その人の能力に対して役目が重いということができ、この点に「役不足」との違いがあります。「荷が重い」の使い方の例としては、次のものがあります。
例えば、「野球の試合で、いつも6回までしか投げていないピッチャーにとって、9回まで完投することは、とても荷が重いことだろう」という使い方があります。
また、例えば、「平日は、夜遅くまで残業して、土曜日と日曜日にもアルバイトをするなんて、とても荷が重いことだよ」という使い方もあります。
また、例えば、「というは、両親が揃っていて、その上に家内を持つとなると、責任が三人になる。その上四人五人になることと思い、只今の自分の境遇として、経済上、それだけの責任を負うことは大分荷が重い」(高村光雲の「幕末維新懐古談」)という使い方もあります。
役不足とは【使い方】
以上のように、役不足の意味、類語とその意味、対義語とその意味について紹介しましたが、「役不足」という言葉について、より充分に理解できましたでしょうか。
次は、「役不足」という言葉を具体的に使用する使い方について紹介いたします。次の具体的な使い方の例文を参考にして、「役不足」という言葉について、より一層充分に理解を深めてみましょう。
不満の気持ちを表す言葉として使用
役不足の第一番目の意味として、役不足とは、与えられた役目に不満を持つことを意味します。不満の気持ちを表す言葉として「役不足」を使用した場合の使い方の例としては、次のものがあります。
例えば、「準主役級の配役ということで出演を決めた俳優Aが台本を読んだところ、自分の配役は単なる脇役にしか見えないので、役不足だといっているそうだ」という使い方があります。
また、例えば、「営業成績の優秀なA氏ではあるが、今回の人事異動で、なぜか出世コースから外れた閑職のポストに就任するようだ。A氏はさぞかし役不足だと思っていることだろう」という使い方もあります。
役目が軽いことを表す言葉として使用
役不足の第二番目の意味として、役不足とは、その人の能力に対して役目が軽いことを意味します。その人の能力に対して役目が軽いことを表す言葉として「役不足」を使用した場合の使い方の例としては、次のものがあります。
例えば、「創業者で敏腕経営者のA社長は、定期的に社内の庭園の庭木の手入れを自分自身でするそうです。しかし、庭木の手入れは、A社長にとって、役不足に違いありません」という使い方があります。
また、例えば、「彼は、プロ野球のドラフト会議での即戦力としての1位指名を辞退して、この大学に入学して野球部のピッチャーになった。この大学のエースではあるが、役不足であることは明らかだ」という使い方もあります。
役不足とは【力不足との違い】
「役不足」は、しばしば「力不足」の意味で使用されることがありますが、このような使い方は間違いです。「役不足」と「力不足」には、使い方に違いがあります。それでは、「力不足」とは、どのような意味なのでしょうか。
「力不足」の意味を理解した上で、役不足とは何かを考えることにより、「役不足」という言葉の理解をさらに深めることができるでしょう。
役目を果たす為の能力や実力が足りない
「力不足」は、「ちからぶそく」と読みます。「力不足」とは、役目を果たす為の能力や実力が足りないという意味です。「力不足」の使い方の例としては、次のものがあります。
例えば、「当社の売上及び利益が前年度と比較して10%程度減少しましたのは、社長である私の力不足によるものです」という使い方があります。
また、例えば、「今年の野球部の戦力は県内一ともいわれていたにもかかわらず、県大会で優勝できなかったのは、監督である私の力不足のためです」という使い方もあります。
力不足との違い
以上のように「力不足」の場合、役目に対して、役目を果たす為の能力や実力が足りません。これに対して、「役不足」の場合、役目に対して、役目を果たす為の能力や実力が充分過ぎるぐらいにあるという点に違いがあります。
しかし、「役不足」という言葉は、「力不足」の意味で誤用されるという間違いがしばしばあるようです。少なからずの方々は、「役目に対して、役目を果たす為の能力や実力が足りない」という意味に「役不足」を誤って解釈しているように考えられます。
銀座支店長の就任時の挨拶のスピーチにおける誤りとは
なお、この記事の冒頭において、銀座支店長の就任時の挨拶のスピーチ「私は、まだまだ若輩者であり、銀座支店長には役不足であると思っております」では、「役不足」を誤用している旨を指摘しましたが、どこがどのように間違いであるかわかるでしょうか。
「役不足」の意味や使い方、「役不足」の類語の意味や使い方、「役不足」の対義語の意味や使い方について理解している方にとっては、その回答は朝飯前であることと思われます。
最も常識的で妥当なスピーチは、文章の前後関係や状況などから判断して、「私は、まだまだ若輩者であり、銀座支店長には力不足であると思っております」あるいは「私は、まだまだ若輩者であり、銀座支店長は荷が重いと思っております」となるでしょう。
文学作品における役不足の使い方の例文
「役不足」は、小説などの文学作品においても実際に使用されておりますので、その使い方の例文を紹介いたします。
紹介する例文は、著作権が消滅した、野村胡堂の「銭形平次捕物控」の「七人の花嫁」及び「お局お六」という作品と、岡本綺堂の「半七捕物帳」の「人形使い」という作品の中から選択しました。
野村胡堂の「七人の花嫁」における役不足の使い方の例文
野村胡堂の「銭形平次捕物控」の「七人の花嫁」という作品の中で、銭形平次は、子分の八五郎に対して「(前略)手前はソッと嫁入りの行列に蹤(つ)いて行って、一と晩見張っていさえすりゃいいんだ」と言って、見張り役を言い付けます。
この見張り役に対して、八五郎は、「なるほど、こいつは、嫌な役目だ」、「智恵も銭も要(い)らねえ代り大した辛抱役だ」などと不満を言います。
八五郎の不満に対して銭形平次は、「独り者だから、そんな場所によく眼が届くんだ、役不足なんか言っちゃならねえ」と言います。ここにおける「役不足」は、与えられた役目に不満を持つという意味で使用されています。
野村胡堂の「お局お六」における役不足の使い方の例文
野村胡堂の「銭形平次捕物控」の「お局お六」という作品において、お六という女は、小屋に火をつけて、銭形平次の子分の八五郎に、一緒に焼け死んでくれるように頼みます。
お六は、銭形平次を知っていましたが、八五郎とは初対面です。お六は、八五郎に「お前は隨分變な顏だねえ」、「可哀想で助けるんぢやない、お前と心中するのが役不足だから助けて上げる、(中略)さア、私の氣の變らないうちに、其處から出て、仲間の眼を免(の)がれることが出來たら、本街道を畑宿(はたじゆく)の方へ行くがよい」と言って助けました。
お六は、八五郎の顔を見て気が変わったようです。ここにおける「役不足」は、与えられた役目に不満を持つという意味で使用されています。お六としては、銭形平次との心中役であれば満足でしたが、その子分で変な顔の八五郎との心中役には、不満を持ったのでしょう。
岡本綺堂の「人形使い」における役不足の使い方の例文
岡本綺堂の「半七捕物帳」の「人形使い」という作品において、小間物屋の娘お浜と、独身で役者の紋作との間の会話が記載されています。
娘のお浜は、「定(さだ)さんの話に、おまえさんは今度は役不足だというじゃありませんか」と言います。これに対して、役者の紋作は、「役不足という訳じゃあない」、「旅へ出てならともかくも、江戸の芝居で、わたしに判官と弥五郎を使わせてくれる。役不足どころか、有難い位のものさ。だが、どうも気が乗らない。(後略)」と答えています。
これらの「役不足」は、与えられた配役に不満を持つことを意味します。役者の紋作は、判官の役を割り当てられますが、その判官の役自体には、不満はないようです。紋作が気が乗らない理由は、他にあるようです。
役不足とは能力に対して役目が軽い事を意味する
以上、役不足の意味、力不足との違いや使い方・類語・対義語について説明してまいりましたが、いかがだったでしょうか。役不足とは、要するに、その人物の能力に対して、与えられた役目が軽い事を意味します。力不足との違いにくれぐれも気を付けて、役不足という言葉を理解して行きましょう。