「促す」の意味とは?
「促す」という言葉は、様々なシチュエーションで色々な意味で使われていて、何となく意味は分かっているつもりなのに、いざ正しい意味は?と問われると答えに詰まってしまう不思議な言葉です。
「部長に上席に座っていただくように促す」「部下に早く仕事を仕上げるように促す」「取引先に請求書を発行してもらうように促す」「カラオケで得意の歌を唄うよう仲間を促す」「飲み会で上司に乾杯の音頭をとってもらうよう促す」
このように例文では、同じ「促す」という言葉を使っていますが、何故か意味やニュアンスが微妙に違って聞こえるのは何故でしょう。それは「促す」という言葉は場面によって微妙に意味が変る珍しい言葉だからです。
辞書でも意味は色々
「促す」の意味を辞書で調べてみると「物事を早くするようせき立てる」「ある行為をするように仕向ける」「物事の進行をすみやかにさせる」「物事を催促する」「物事を促進する」とにかく色々出てきます。
シンプルに整理しても「せき立てる」「仕向ける」「早める」「催促する」「促進する」「勧める」のように沢山になってしまいます。
それほど「促す」という言葉には様々な意味があると言えますが、逆をいえば意味にこれといった決定打がないとも言えます。
通常言葉には本来の意味に当たる「定義」があるものです。しかし「促す」には定義らしきものが見当たりません。「促す」という言葉は場面によって意味が変化するので、定義を定めることができないのです。
このような訳で「促す」という言葉は、普段の会話でよく使う言葉でありながら、その意味を問われても何となくしか答えられないのです。つまり何となく使い分けている言葉とも言えます。
「促す」の対義語・類語
対義語とは反対の意味を持つ言葉のことです。「促す」にはこれだけ多くの意味があるのだから、さぞ沢山の対義語があるだろうと思う方が多いのではないでしょうか。
想像に反して「促す」の対義語は意外に少ない、いえ存在しないと言っても過言ではありません。何故ならば「促す」には意味の定義がないからです。
対義語とは反対の意味を持つ言葉ですが「促す」には基となる意味が場面により変化してしまうので、反対のしようがないのです。
強いて対義語をあげるとすれば、たとえば「せき立てる」という意味の場合には「せき立てない」「催促する」の場合は「催促しない」のように、意味を否定して対義語にする以外に方法がありません。
「〜する」を「〜しない」に変えただけでは正しい対義語とは呼べません。「促さない」は単純に「促す」を否定しただけです。つまり「促す」には対義語が存在しないということになります。
「促す」の類語
類語とは似たような意味や使い方をする言葉にことです。「促す」の類語は対義語と違って、意味が豊富にあるように類語も沢山あります。
ここで注意しなければならないのは、同じ意味を持つ類語だからといってどんな場面でも使える訳ではありません。前に紹介したように「促す」は意味が変化する言葉です。
類語もその場面によって使い方に注意が必要です。それでは数ある類語の中から、主なものを2つほど意味と使う場面を合せて紹介します。
「催促」の意味
「催促」とは、依頼したことを早くすすめて貰えるように再度お願いすることです。促すと同じ「促」の字が使われていることからも類語であることが推察されます。
「催(さい/もよおす)」は「主催」「開催」「共催」の熟語があるように、何らかの事を催して行うという意味です。
「催す=形にして表現する」という意味なので、「催促」とは、依頼した事柄を早く形にして欲しいとお願いする意味になります。
少し変った表現では「催眠」「催涙」もありますが、「催眠」は眠りを誘う「催涙」は涙を誘うという意味で、どちらも何らかの現象を促している表現です。
「勧める」の意味
「勧める」は「すすめる」と読みますが、同じ読み方をする言葉に「進める」「薦める」「奨める」があり、ほとんど同じ意味を持っていますが微妙に違うので、使うときに迷う方が多いのではないでしょうか。
「進める」は分かりやすく「物事を順調に前に進行させて、仕上げるようにすること」です。迷うのは「勧める」「薦める」「奨める」の3つです。
「勧める」は「相手にある物事を行うように促す」という意味です。「薦める」は同じように相手に促すのですが「良いものや適しているものを相手に採用してもらうように推す」という意味合いを持っています。
「奨める」は人を指導する立場にある人が多く使う言葉で「自分が推奨するものを相手に行うように促す」という意味です。3つとも同じように促す言葉ですが、一般的に汎用性が高いのが「勧める」です。
「薦める」「奨める」の場合は、促す側に「適しているから」「良いものだから」という感情がこもっていて指導的意味合いが強いのに比べ、「勧める」には特別な感情がないので場面をあまり気にしないで使えるので汎用性が高いのです。
「促す」の使い方・例文
「促す」には意味や類語がたくさんあり、使う場面や状況によって意味が変化するするので、使い方や例文も場面により色々様々になります。
「促す」という変幻自在な言葉の意味を解釈する上では、例文を検証することが非常に助けになります。それでは「促す」という言葉を使った例文を、意味の違いや場面・状況に分けて紹介します。
例文①【せき立てる】
「せき立てる」という表現の場合の例文では「上司が今回のプロジェクトは来週中に仕上げることと部下を促した」「今日は残業ゼロDayだから、5時までに仕事を終わらせて帰るようにと促した」のような使い方をします。
また「本日のイベント会場は午後6時に閉館しますので、10分前には退場くださるようお願いしますと司会者が促した」「空港のアナウンスで、搭乗手続きは30分前まで済ませるようにと促すコメントが流れた」
このように「促す」という表現は、時間や期限を守るためになるべく早くして欲しいと「せき立てる」意味で使われます。
例文②【仕向ける】
「今日の地球温暖化の会議では、特に自動車の利用の仕方に関する議論をお願いしますと促された」「会場が混合っているので、前の席から詰めて座るようにと促された」のように、何らかの行為や行動を「仕向ける」場合に「促す」という言葉が使われます。
また「今回のプロジェクトは経費節減を主眼において進めてくださいと上司が促した」「相手を非難するだけでなく、相手の長所を認める発言もしてくださいと司会者に促された」のように方向性を「仕向ける」場合にも使われます。
例文③【催促する】
催促したり、請求する場合の例文を紹介します。「前回の見積りでは予算を超えてしまうので、相手側に再見積りを促した」「回答期限が過ぎているので、速やかに回答を出すよう促した」のように一度お願いしたことを催促する意味で「促す」を使います。
また「今回のトラブルでは詫び状だけでは不足なので、顛末書(てんまつしょ)を提出するよう促した」「商品の仕様書だけでは特徴が理解できないので、実際に使用したデータ一覧表を添付するよう促した」のように請求する場合にも使われます。
例文④【勧める】
物事を勧める場合の例文を紹介します。「会議の席で上司が私よりも末席に座っていたので、さりげなく上席に移っていただくように促した」「同僚とのはじめての飲み会で少々雰囲気が堅くなっていたので、失敗談や趣味の話でもするように促した」
また「入社したてで仕事になかなか馴染めない彼に、自分が同じ経験をした時に元気づけられた本を読むことを促した」「受験勉強で苦しんでいる彼女に、ストレスを発散してリフレッシュすることを促した」のようにアドバイスする場合にも使います。
このように「促す」という言葉は、場面や状況によって意味や使い方が様々に変化することが例文を通して理解できたのではないでしょうか。
「促す」と「仕向ける」の違い
「促す」と「仕向ける」は互いに類語の関係にあり、意味や使い方も似ています。そんな中でも言葉が違う以上、意味にも何らかの違いがあるはずです。
このように違いを見つけにくい場合は、例文の中で言葉を入れ換えてみると意外にニュアンスの違いや違和感が発見できます。
そのニュアンスの違いがどこにあるかを紐解くことにより、それぞれの意味の違いが浮き出てきます。これが違いを見つけるコツです。
「仕向ける」は「誘導する」という意味
「仕向ける」とは行動や考え方を、ある方向に導き誘導するという意味があります。「促す」にも、もちろんその意味合いがあるので類語になっている訳です。
しかし「促す」は場面や状況によって意味や対象が変化する言葉です。ある場面では誘導する表現にもなり、催促や請求する表現にもなりますが、要求という感情を含まない勧めるという表現要素も含んでいます。
いっぽう「仕向ける」という表現は、誘導するという目的や対象がハッキリしています。その点が「促す」と違っています。
たとえば前述の例文で「上司に上席に移っていただくように促した」を「上司に上席に移っていただくように仕向けた」と表現すると、何らかの意図を持って席を誘導したイメージになりニュアンスが変ります。
つまり「仕向ける」とは個人的な何らかの意図や意志にもとづいて誘導するニュアンスで、「促す」の場合は客観的な見方で良かれと思う方向に誘導するところに違いがあります。
「促す」を使う際の注意点
ここまで「促す」という言葉の特性を、意味や使い方例文の中で解説してきました。その場面や状況により意味が変化する「促す」には、使う際の注意点も様々で多岐にわたるはずと想像する方が多いのではないでしょうか。
しかし予想に反して使う際の注意点はたったの1点だけです。注意するのは使えない場合だけを除外すれば良いのです。それを判断するには文章のなかに「促す」を入れてみて「何か違うな〜」と感じたら使うのを止めれば良いだけです。
強制する場合では使えない
シンプルに「促す」を使えない場合は、物事を強制する場合です。たとえば上司が「今月の売上目標は◯◯万円なので必ず各自のノルマを達成するようにしなさい」と言った場合は「促した」とは言いません。
また「◯◯大学の合格ラインは、80%の正解率なのでクリアできるように努力しなさい」の場合にも「促す」とは微妙にニュアンスが違います。
つまり「促す」は目的に向かって努力する姿勢を応援する場合には使いますが、結果を強制したり求める場合には使わない言葉です。
「促す」の英語表記
「促す」の英語表記は、日本語の「促す」の使い方と非常によく似ています。「促す」という日本語は使う場面や状況、つまり文章の流れや使い方・言い回しの中で違う意味を表現しています。この表現方法が英語とよく似ています。
英語の表現方法は、単語一つで意味を特定するのではなく文章の流れや言い回しで意図する意味を表現します。この点が「促す」とよく似ています。
ただ一つ違う点は、日本語の場合は「促す」という同じ単語を色々な使い回しで違う意味を表現しますが、英語の場合はその違う場面ごとに違う単語で表現するところです。
せき立てる・催促する
「促す」の意味の一つ「せき立てる」または「催促する」に相当する英単語には「urge」があります。「The lawyer urged the witness to tell the truth.(弁護士は証人に真実を話すよう促した)」
「At my father's urging, I left the room.(父にせき立てられて部屋を出るよう促された)」のように、せき立てたり催促する場合の英語表現です。
この他に「request(リクエスト)」「debt(デッド/負債)」「 dun(ダン/督促)」のように直接的な単語で表現する場合も英語では多いようです。
勧める
促すの意味に「勧める」がありますが、これに相応する英語表現は馴染みのあるところでは「offer(オファー)」「advise(アドバイス)」「suggest(サジェスト)」「counsel(カウンセル)」などがあります。
少し耳慣れない表現では「encourrage(インカリッジ)」「recommend(レカメンド)」なども、勧める推奨するという英語表現です。
このように「促す」には多彩な意味があるように、英語表現でもその意味に即した単語や言い回しが多彩にあることになります。この場で例文は紹介しきれないので今回はご勘弁ください。
促すは「勧める」という意味
「促す」は「勧める」という意味で使われることが最も多いのですが、この他にも場面や状況により意味が多彩に変化することや、使い方の多様性、類語の意味、英語表現も多岐にわたることを紹介してきました。
日本語の中に意味や定義が確定しない言葉があることに驚いた方も大勢いるのではないでしょうか。「促す」という言葉に限らず日本語の不思議さや多彩性に関心を持っていただければ幸いです。