レトリックとは
「レトリック」という言葉を知っていますか?「あの文章はレトリックが効いている」とか「レトリックに惑わされた」などといった使い方が思い浮かびますが、聞いたことが有るような無いような、そんな言葉ではないでしょうか。また言葉は聞いたことがあっても、その意味までは分からないという人も多いのでは。
レトリックとは何を意味するのか?レトリックという言葉を正しく使えるように、レトリックの意味と使い方、レトリックを使った例文を紹介します。
レトリックとは日本語で「修辞法」
レトリックは英語では「rhetoric」と言います。レトリックとは日本語で「修辞法」と訳され、辞書を引くと「修辞法」のほか、「修辞学」または「美辞麗句」、「巧言」と出てきます。「修辞」とは言葉を美しく巧みに用いて効果的に表現することを意味し、「修辞法」とは修辞の方法やテクニック、法則のことを意味します。
レトリックの意味
レトリックとは日本語では「修辞法」と訳し、その意味は「言葉を美しく巧みに用いて効果的に表現する方法・法則」となります。すなわち、文章や言葉遣いの技法・テクニックを意味する言葉ですが、実際にはどういう意味で使われているのでしょうか?
実は、レトリックは使われる状況や文脈によって、言葉の持つ意味合いが変わります。例えば、「優れたレトリックを駆使した文章」といえば、その作文技術を褒め称える意味合いになりますが、「巧みなレトリックにごまかされた」といえば、説得を計算したこれみよがしな、わざとらしいテクニックを講じた軽蔑的ニュアンスを持つ意味合いとなります。
レトリックとは「古代ギリシアの弁論術」が語源
レトリックとは、古代ギリシア語で弁論や話法を意味する「レトリケ」が語源とされています。ギリシア人の議論好きは有名ですが、古代ギリシアでも議論の機会は多く、議会での演説や裁判での弁論、さらに日常の座談においても説得力を持った弁舌は重要なテクニックとされていました。
そうしたなかで説得力を持たせるための弁論の技法が編み出され、西洋の長い歴史の中でその技術が発展し次第に体系化され、現在でもレトリックという言葉が残されているのです。
レトリックとは【類義語と意味】
現在では英語の「rhetoric」が日本語としてもそのまま「レトリック」として使われるようになりました。またレトリックは「修辞法」とも訳されます。それでは、レトリックと同じような意味を持つ他の日本語はないのでしょうか?レトリックへの理解を深めるために、レトリックの類義語とその意味をみておきましょう。
言葉の綾
類義語の一つ目は「言葉の綾」です。「言葉の綾」は技巧的な言葉、飾った言い回しのことを意味します。上手く説明しようとして使った言葉が、相手に失礼な、もしくは相手を傷付けるような言葉となってしまったときの弁明に、「それは言葉の綾で、決して悪気はなかった。」という使い方をします。
比喩
類義語の二つ目は「比喩」です。「比喩」とは物事を説明するときに、分かりやすく、また印象を強くするために、他の類似した物事を借りて表現することを意味します。「比喩的な表現」、「比喩的な言い回し」といった使い方をします。
「バケツをひっくり返したような雨」と言えば、聞き手は物凄い量の雨が降っているさまを簡単に想像できるでしょう。この比喩的表現は、レトリックの代表的技法と言えます。
レトリックのテクニック【例文と意味】
それでは次に、レトリックの実際のテクニックをみていきましょう。伝統的なレトリックのテクニックは200近く分類されていますが、ここでは私たちの身の回りで日常的に使われているレトリックのテクニック、その例文と意味をみていきます。
レトリックは普段読んでいる本や雑誌にもよく使われています。また知らないうちに自分でも使っていることに気付くでしょう。レトリックを使うことで文章表現が豊かになり、説得力のある文章が書けるようになります。レトリックのテクニックの分類を整理し、その例文や意味を知ることで、レトリックを効果的に使えるようになりましょう。
誇張法
一つ目のテクニックは誇張法です。ある物事を印象付けるために、その程度を実際以上に大きくあるいは小さく表現する方法のことを意味します。使い方としては、「お腹が空き過ぎてお腹と背中がくっつきそうだ。」、「猫の額ほどの土地」といった例文が挙げられます。
お腹と背中はくっつくことはないし、いくら狭くても猫の額ほどの土地はありえないので、いずれも客観的事実としては語り手は嘘を言っています。しかし、心理や感情をよく表現したある種ユーモアのある言い回しであるため、聞く側には共感を持って受け入れられることが多いテクニックと言えるでしょう。
倒置法
次のテクニックは倒置法です。文章を構成する主語や述語、目的語などを普通とは違う逆の順番にすることで、強調したい言葉を印象付ける表現方法のことを意味します。語感を強めたり語調を整えることで、文章の単調化を防ぐ場合にも使います。
使い方としては、「起きて、早く。」、「暑い夏の日だった、君と出会ったのは。」といった例文が挙げられます。前者は「起きて」を修飾する「早く」を敢えて後に置くことで「早く」を強調しています。後者は主語をを後ろに置くことで、「君と出会った」という語感を強め印象付けています。
反復法
次のテクニックは反復法です。同じまたは類似した語句を繰り返すことで強調をもたらす表現方法を意味します。使い方としては、松尾芭蕉の句で有名な「松島やああ松島や松島や」が例文として挙げられます。この他にも「嬉しや喜ばしや」、「夢のまたゆめ」、「悲しく辛く切ない」などがあります。
また「会いたくて会いたくて」、「ずっとずっと」、「いつもいつも」など、流行歌の歌詞などでよく聞くのもレトリックの反復法のテクニックの一つです。
比喩法
レトリックの類義語でも触れましたが、比喩法はレトリックの代表的なテクニックの一つで、ある物事を同じ要素や意味を持つ別の語句や表現で言い換え、その物事を印象強くする表現方法を意味します。比喩法はさらに直喩(ちょくゆ)、暗喩(あんゆ)、提喩(ていゆ)、換喩(かんゆ)などの代表的な種類に分けられます。
比喩法は使い方によって大きく4つの種類がありますが、直喩と暗喩、換喩と提喩の二つに分けて、それぞれの意味とその違いをみる方が理解しやすいでしょう。
直喩と暗喩
まず直喩と暗喩の違いをみましょう。物事を何かに例えて説明するときに、それが比喩であることを明示するのが直喩、明示しないのが暗喩です。簡単な例文を挙げると、「彼は太陽のようだ」とするのが直喩、「彼は太陽だ」とするのが暗喩です。
前者は「太陽のようだ」とそれが例えであることを明示しています。一方、後者は例えであることを明示していませんので、「彼は太陽だ」という文だけでは例えで言っていることが聞き手に通じないかも知れません。「彼が来るとチームの雰囲気がパッと明るくなる。彼は太陽だ。」という文脈のなかでは、それが例えであることが明らかになります。
提喩と換喩
次に提喩と換喩の違いをみてみましょう。直喩と暗喩が比喩の成立を対象物との類似性に求めるのに対し、提喩は対象物との包含性、換喩は縁故性に求める点が異なります。具体的な例文をみてみましょう。
「今度一杯行こうよ」と言われた場合は、「今度お酒を飲みに行こう」と誘われているわけですが、飲むのはお酒でしかも一杯と限定して誘っているわけではありません。比喩の対象物である「お酒を飲みに行く」をそれを包含する「一杯行く」という表現に置き換えています。これが提喩です。
「彼は体力の限界を感じ静かにバットを置いた」とは、プロ野球選手が引退することを表現したものですが、比喩の対象物である「引退」をそれと縁故性がある「バットを置く」という表現に置き換えています。これが換喩です。
擬人法
レトリックのなかで、人間でないものをあたかも人間であるかのように例えて表現するのが擬人法です。擬人法を使うことによって、文章が生き生きとする、文章の意味をイメージしやすくする、文章に面白味が出てメリハリが効く、といった効果が期待されます。
例文としては、「風がやさしく頬を撫でた」、「草花が踊っている」、「鳥たちが賑やかに歌っていた」などが挙げられます。どれも人間以外の自然現象、植物、動物を人のように扱い物事・事象を表現しています。
古代レトリックの体系
レトリックのテクニックについて紹介してきましたが、古代ギリシアで生まれた古代レトリックの標準的体形は主に5つの部門から成り立っていました。ここでは5つの部門の内容を簡単にみておきましょう。
(1)は「発想」で、主題について可能な説得方法を見つけ出すことです。(2)は「配置」で、(1)で得られた内容を適切な順序に並べることです。(3)は「修辞」で、効果的な言語表現を工夫することです。(4)は「記憶」で、淀みなく弁論を行うために内容を覚えることです。(5)は「発表」で、弁論を効果的にするために発声や身振りを工夫することです。
現在では、レトリックとは(3)の「修辞」の意味合いが強くなっていますが、古代ギリシアでは総合的な「弁論術」の意味合いが強かったことがうかがわれます。
日本固有のレトリックとは【意味と使い方】
レトリック・修辞法は古代ギリシャに誕生し、西洋において長い時間をかけて体系化されました。それでは日本ではどうでしょうか?実は、日本独自の文化や風習のなかから生まれた日本固有のレトリックが存在します。特に和歌や俳句の世界には今でも色濃く残っています。日本固有のレトリック・修辞法についてその意味、使い方を紹介します。
「和歌や俳句の世界」に残るレトリック
日本固有のレトリック・修辞法は、万葉集や古今和歌集など1000年以上の前の古典で使われ、今でも和歌や俳句の世界に残っています。「枕詞」(まくらことば)、「序詞」(じょことば)、「掛詞」(かけことば)、「本歌取り」(ほんかどり)などが挙げられますが、ここでは代表的な修辞法である「枕詞」と「本歌取り」の意味と使い方を紹介します。
枕詞
ある言葉を導き出すためにその前に置かれる修飾語のことを意味し、主として5音を一句とします。百人一首などでその存在を知っている方は多いでしょう。枕詞の例として有名なところを挙げると、「あしひきの」とくれば「山」や「峯」、「ちはやぶる」は「神」、「ひさかたの」は「光」、「たらちねの」は「母」の枕詞です。
枕詞自体は実質的な意味は持っていませんが、特定の語の前に置くことで、語調を整えたり、ある種の情緒を生み出す効果があります。
本歌取り
過去の有名な古歌の語句や趣向を故意に用いて新しい和歌を詠む技法のことを意味します。自作の歌に古歌(本歌)の世界を取込み、重層的・複合的な詩情を生み出すことを意図したテクニックです。
平安時代末期から鎌倉時代初期の公家・歌人として有名な藤原定家(ふじわらのていか)は、この本歌取りが余程気に入ったのか、この技法に一定のルールを作ったほどです。
紀貫之(きのつらゆき)が詠んだ「三輪山をしかも隠すか春霞人に知られぬ花や咲くらむ」は、万葉集巻一の額田王(ぬかたのおおきみ)の歌「三輪山をしかも隠すか雲だにも心あらなもかくさふべしや」を本歌にしています。
「レトリック」と「詭弁」は同じ意味?
ここまでレトリック・修辞法の意味や種類、その使い方をみてきましたが、もしかしたら「詭弁」(きべん)という言葉を連想した人もいらっしゃるかも知れません。「詭弁」はあまり良い意味では使われない言葉ですが、その意味や使い方、レトリック・修辞法の意味との違いについてみてみましょう。
「詭弁」とは
「詭弁」とは、道理に合わないことを道理に合わないと知りながら、意図的にそれをごまかし正当化する弁論を意味します。使い方は「詭弁を弄(ろう)する」などと言います。
「詭弁」の例文を一つ。「人が嫌がることをやってはいけない。年齢を聞くことを女性が嫌がるとは私は思っていない。よって、女性に年齢を聞いても問題はない。」
嫌かどうかを決めるのは相手です。「女性は年齢を聞かれても嫌がらない」という自らの一方的な前提によって「女性に年齢を聞いても問題ない」という間違った結論を導いており、これこそ詭弁です。冒頭の「レトリックとは」のところで「レトリックは説得を意図したこれみよがしなテクニックという軽蔑的な意味合いも持つ」と言いました。
このような軽蔑的な意味合いを持つ使い方のときは、「詭弁」はレトリックと近い意味を持つ言葉と言えるかもしれません。
レトリックとは「相手の感情に訴えかける言い回し」を意味する
レトリックとは一言で言えば「相手の感情に訴えかける言い回し」のことを意味し、説得力のある議論や弁論のテクニック、情緒豊かな詩歌や文学の文章技法として良く使われています。会社での文章のやり取り、友人との会話などでレトリックを使う機会は意外と多いかも知れません。レトリックを学び会話力や文章力の向上を図ってみてはいかがでしょうか?